古代と未来が一瞬で交差する場所に、彼は存在した。形を持たない、ただ風として遍在する存在。存在が知覚できるのは、彼が流れることによって動く木の葉や、波の静かなさざ波だけだった。彼には記憶がある。かつての多くの顔と声。
彼は毎日を、風が吹くあらゆる地へと移動する。「移動」といっても、彼にとってはただ「在る」と同意であり、選択でもない。しかし、今日はいつもと少し違う感覚に襲われた。無数の選択と可能性の中から、彼は一つの小さな村を見つけ、そこに静かに留まることにした。
村には、彼いわく「感覚を共有する者」がいた。老女だ。彼女は一人で小さな家に住み、村の他の人々との交流もめったになかった。彼が彼女の感覚を知ったのは、彼女が庭で語りかけるからだ。「あなたは誰? 私の周りを渦巻く、この心地よい風は。」
彼は答えられない。言葉を持たないからだ。しかし、彼は彼女の周囲をやさしく包むことで反応を示した。老女は静かに微笑み、再び独り言をつぶやく。「私が少女の頃、風は友だった。あなたもそうかしら?」その言葉に、彼も何故か心地よさを感じた。記憶の中に、かつて「友」と呼べる存在があった気がする。
日々が過ぎ、彼は老女の家を訪れるのが日課となった。彼女の周囲で風を起こし、彼女が庭で世話をする花たちを揺らす。それが唯一の交流だ。ある日、彼女が「私はもう長くないわ。でも、あなたのような友がいると、心強いわ」と語りかけたとき、彼は初めて「終わり」というものに触れた。彼には終わりがない。ただ延々と存在し続けるだけ。それが、彼にとっての祝福であり、呪いでもあった。
老女の体が弱っていくのを、彼はただ横で感じているしかなかった。彼女の呼吸が静かになり、ある晩、完全に止まる。その夜、彼は初めて何かを失った感覚を味わい、そして風として彼女を遠くへ運んだ。彼女の体はもう無いが、彼は感じる。彼女の存在が風と一体となっているような、不思議な親しまれる感覚。
その後、彼は彼女と共に、再び流れ続ける。他の誰かとの出会いを求めることなく、ただ彼女との時間を風として過ごす。それが彼にとって、最初で最後の「友」との時。そして、彼は理解する。終わりを知らないことの孤独と、終わりを受け入れることの美しさを。
そして時間が流れ、彼は再びその村を離れる。別の何かを求めて、また流れ始める。しかし、今度は何かが違った。彼は、彼女と過ごした時間から、一つの重要なことを学んだからだ。今ならば、他人の「終わり」を受け入れられる強さがある。そして、何よりも風が吹くたび、彼女がそこにいるような気がして、決して一人ではなくなった。
風は、ただ吹き続ける。
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