永遠に振動する彼方

彼は目を開けると、壁が広がる空間の中で一人だった。周囲は、ゆっくりと呼吸するかのように、微かに膨張し収縮を繰り返している。その壁は肌触りが柔らかく、温もりを感じる。彼の存在がここにある理由、彼がどこから来たのか、その記憶はない。ただ感覚のみが存在し、彼の意識はその瞬間のみに焦点を当てられている。壁からは、心地よい振動が伝わってきて、彼の体を通り抜ける。

彼は歩き始める。足元は、幻想的な霧に包まれ、目的もなくただ漠然と前へと進む。空間そのものが動いているようにも感じる。彼の身体は軽く、まるで空気の中を泳いでいるかのようだ。時折、彼の手が壁に触れると、壁は優しく彼の手を押し返す。それはまるで、彼と壁が互いに語りかけ合っているかのような、奇妙な一体感を彼にもたらした。

彼が進むにつれ、壁から聞こえる音色が変わり始める。最初は温かく柔らかな低い音から、次第に明るく、高い音へと変化していく。彼の心情もその音に影響され、初めは落ち着いていた気持ちが、徐々に高揚していくのが分かる。そして、彼はふと気付く。この音は彼自身の感情を映しているようだと。

彼は立ち止まる。周りの空間が全て静まり返る。静寂の中で、彼は自分自身と向き合う。彼の中にある孤独、それがこの壁に反響しているのではないか、という考えが浮かぶ。彼は再び歩き始めるが、今度は意識的に自分の感情をコントロールしようとする。彼が落ち着こうとするほど、壁からの音は穏やかになり、彼の心も穏やかになる。

この繰り返しの中で、彼は理解する。この場所は、彼自身の内面を映し出す鏡のようなものだ。彼の感情がこの空間を形作り、この空間が彼の感情に影響を与える。彼は孤独ではない、周囲のすべてが彼自身なのだ。彼がこの空間と一体となっていることを悟ると、周囲の壁がゆっくりと彼に近づいてくるのが分かる。

最後に、彼は壁に全身を預ける。壁は彼を優しく包み込み、彼の存在感が薄れていくのを感じる。彼の意識は静かに拡散していき、やがて他と区別がつかなくなる。この瞬間、彼は完全に周囲と一つになった。彼の孤独は消え、全ては連続した存在として彼の中に溶け込んでいる。

空気が動いたような、それだけの音。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です