空は今日も灰色に濁っている。高層ビルの屋上から、低く広がる雲海の向こう側へと目を凝らしても、その境界は見えない。僕は、この都市の最先端にある小さな監視室で一人、長い時間を過ごしている。ここは他の誰にも知られていない秘密の場所。だが、その孤独が僕には心地よい。
この都市では、感情の管理が義務付けられている。それは、感情による不確実性を排除し、個人の効率を最大化するための措置だ。僕の職務は、不適切な感情発露を監視し、記録すること。それらが規定の枠を超えた場合、専門の調整者が派遣される。誰もが同じように抑えられた表情で歩いている。笑いも怒りも、苦しみさえも私たちから遠ざけられている。
今日、僕が監視しているのは一人の女性。彼女は、いつも通りの帰り道を歩いているはずだが、彼女の足取りからは、いつもとは異なる何かを感じ取ることができた。彼女は街の人出の多い場所を避け、小さな公園に入っていった。その腕には、小さなくすんだ金属の箱が抱えられている。何かの違反行為かもしれないと思い、緊張が走る。
彼女は公園の一角に静かに座り、箱を開けた。そこから現れたのは、かつて絶滅したとされる小鳥。鳥はひとときの自由を楽しむかのように彼女の周りを飛び回り、そしてまた箱の中へ戻る。僕は息を飲み、状況を報告するべきかどうかを考えていたが、彼女の行動から感じる切実さに心が動かされた。この違反は、他ではない自由への渇望だ。それを彼女と共有している気がして、僕は報告をためらった。
次第に彼女は箱を閉じ、その場を後にした。僕は彼女が消えるまでを見守った後、なぜか安堵の息をついた。そして、自らの胸の内に問いかけてみる。この感情は何なのか、そしてその感情を感じる自分自身は本当に僕なのか。
システムは僕たちのような存在を「監視者」と呼ぶが、本当に監視されているのは誰なのか、何のためにそうしているのか。彼女に対する感情が、僕自身の監視システムを破綻させた。自らの感情に気づき、僕は初めて、この制御された世界での自分が描く影に驚いた。それは、感情という名の光が生み出したものだ。その影が、僕自身かもしれないし、もしかしたら僕ではない何者かかもしれない。
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