月の光が水面を照らし、穏やかに時は流れる。ここはどこでもない、どこか。湖のほとりには彼岸花が咲き誇り、紅蓮の花弁に儚さが滲む。
「ずっと、ここにいますか?」
問いかけるは、湖畔の石。一見して無生物だが、この世界では彼がもっとも古くからの住人だ。石は、自身の存在を確認するかのように、少しだけ自らの質量を感じる。
「はい、私はここが好きですから。」
相手は風。彼女は、自由に世界を駆け巡る。しかし、湖畔で彼岸花が咲く時だけ、ここに戻って来る。古い約束を果たすために。
それは数世紀前のこと。石がこの地に落ち着いたばかりの頃、風は彼岸花の種を運んできた。風と石、異なる存在でありながら、彼らは互いに語りかけ、季節の移ろいを共にした。
「石にとっての時間とは何ですか?」
石は静かに答える。「変化を知らないことです。しかし、あなたとの約束だけが、私に変化を教えてくれます。」
風は嬉しそうに微笑む。「私は変化そのもの。でも、あなたとここにいるときだけは、少しだけ留まれる気がするの。」
話すうちに、彼岸花が一層鮮やかに色づく。彼らの存在は、それぞれが直面している宿命と矛盾を映し出す。一方は永遠に同じ場所に留まり、もう一方は絶えず移り変わる。けれども、ここには彼らだけの時間が流れる。
花の季節が終わると、風はまた旅立つ。その前に、彼女は石に問う。
「私がいないとき、孤独ですか?」
石は沈黙を破り、ゆっくりと言葉を紡ぐ。「はい。でも、あなたが戻って来ることを知っています。それが私の救いです。」
風はどこか寂しげに微笑む。「私も、あなたのもとに戻る約束を守ることが、私の旅の意味なのかもしれません。」
そして、風は去り、石はまたひとり。湖は静かに時を刻み、彼岸花は枯れていく。季節外れの風が時折、石に語りかけるが、それは旅立った彼女ではない。だが、石は彼女の約束を信じ、静かに次の季節を待つ。
風の約束は、繰り返し違う形で遂行され、それは何世紀もの間、彼岸花の下、繰り返される。その都度、石と風は彼らの存在理由を見つめ直し、何かを学び取る。
それが、彼岸花と約束、そして時間の彼方にある、彼らしき「繋がり」の証だった。そして月もまた、静かにそれを見守る。
紅葉が湖面を覆い始める頃、風はまた戻ってくる。そして彼岸花の周りを舞い踊り、石に向かって低く囁く。「戻ってきましたよ。」
湖畔の静寂が深まり、ふたりの時間が再び始まる。
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