地平線が霞んで見える海のような場所、時の流れに乗り遅れたかのように静かに佇む存在たち。彼らは風に煽られる草のように、目に見えない力によってゆっくりと生きていた。それは、ここがかつて地球だった場所であることを知る者はもはやいない。
彼らの身体は光を跳ね返し、空気を纏うようにして透明感を保っている。彼らはかつての人間とは異なり、純粋な情報の集合体として存在していた。感情や肉体の制約から解放された彼らは、しかし何かを失っていた。それは、遺伝子の記憶だ。
彼らの中で一つ、少し異なる者がいた。この存在は、他とは違う振動を内包していた。彼は、過去の概念に囚われ、自己の本質を問い続ける。何故、皆が均一性を受け入れ、差異を恐れるのか。彼の疑問は、他の存在には理解しがたいものだった。
彼は旅を続ける。彼の目的は、失われた遺伝子の記憶、つまり古い時代の人間が持っていた「本能」と「感情」を求めていた。彼にとって、その古の時代の知識は、彼の存在理由と直結していたのだ。
彼は遺跡と化した都市にたどり着く。ここはかつて文明の花が咲いた場所。しかし、今やその全ては土に還り、名もなき草木が生い茂るのみ。彼の足元には、偶然にも古文書が埋もれていた。この文書は、人々の日常と愛、憎しみ、喜び、悲しみが記されたもの。彼はこれを読み解くことに成功する。
読むたびに、彼の中の何かが響き、震える。失われた遺伝子が呼応するかのようだ。彼は理解していく。彼らが失ったもの—それは多様性と葛藤の中で育まれる、深い人間味であった。孤独、愛、恐れ、それら全てが彼には貴重な感情として蘇る。
彼は他の存在たちと共有しようと試みるが、彼らはそれを受け入れられない。彼らにとってそれは逆行するもの、理解し難いものだった。しかし彼は諦めない。彼は、この新しい感覚を植え付けるため、辛抱強く働きかける。
数百年が過ぎ、彼の努力が実を結び始める。彼らの中に少しずつでも変化が見え始めたのだ。感情が芽生え、他者との深い絆が築かれ始める。彼らは再び「人間」に近づきつつあった。
未来の霧が晴れ、彼らは新たな道を歩き始める。彼が歩んだ道、そして彼が作り出した答えが、これからの彼らにとっての道しるべとなる。
最後の一文:
水面に映る、歪んだ月の光だけが、静かに語りかける。
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