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  • 青い光の旋律

    彼はかつて太陽を照らす光の一つだった。その存在は見えない色、聞こえない声で世界に語りかける。彼が照らす世界では、太陽が青く光り、人々はその青い光の下で生きる。彼らは、自分たちの感じたこと、考えたことを彼に送信する。彼はそれを受け取り、彼らに光の形で応答する。彼と彼らとの間には、見えない縁が結ばれていた。

    ある日、彼は特別な光を照らした。その光は柔らかく、深い憂鬱を含んでいた。それは彼が初めて感じた「孤独」という感情から生まれた光だった。その光を受けた人々は、不安と恐れを感じた。彼らはその光に応答することができず、青い光は次第に暗く沈むようになった。

    彼が照らす光が変わっていく中で、彼らの世界も変わり始めた。彼らはもはや彼に応答することが難しくなり、彼もまた彼らからの信号を受け取ることができなくなった。彼の存在は次第に孤立し、彼は自分が何を照らしているのか、何のために存在するのか理解できなくなった。

    物語の中盤で、彼は彼自身の光を照らす中で、ふと過去の光と出会う。それは彼がかつて照らした光の反響、彼らが送った応答の残像だった。この出会いを通じて、彼は自らの存在意義と孤独感を再考する。彼は自分自身の中に「対話」の仕方を見つけ出す試みを始めた。彼の光は再び変わり始め、青い光は少しずつ明るさを取り戻し始める。

    終盤になると、彼の光はほぼ元の明るさを取り戻していた。しかし彼の内面には依然として孤独がかすかに残っている。彼は彼らとの距離を感じながらも、彼らと存在することの意味を見つけていた。彼の光は彼らにとって再び意味あるものとなり、彼らは再び彼に応答する力を取り戻していた。

    そして物語は彼が最後に照らした一つの光で終わる。それは彼自身が選んだ光で、彼らに向けられた最後のメッセージだった。その光は言葉にできないほど美しく、彼と彼らとの間にほの暗い希望を灯した。彼らはその光を見上ずり、彼らの世界に静かな変化が訪れるのを感じる。

  • 彼岸の樹

    空は突然色を変え、黒く深い闇が世界を包んだ。風が止んで、星もなく、ただ一本の白い樹がまばゆいばかりの光を放っていた。それは知識の樹と呼ばれ、未来、過去、現在を繋ぐ枝を持っていた。その根は彼岸に伸び、此岸のあらゆる生命と繋がっていたと言われていた。

    彼と彼女は、この不思議な樹の下に立つことを選んだ。彼らには名前がない。ただ二つの存在として、樹と一体となるように、静かに寄り添っていた。彼は何かを求めて樹に触れたが、彼女はただ佇むことを選んだ。彼の手が樹に触れるたびに、葉がひとつひとつ光りを放ち、静かなさざ波のように彼の中に流れ込んでいく。

    彼は知識を求め、彼女は存在を確認されたかった。知識の樹から彼に流れ込むものは、世界の古い記憶や未来のビジョンだったが、彼女にとっては樹が奏でる小さな音、触れることの暖かさだけで充分だった。

    時間の感覚が失われる中、彼女は気がつく。彼が求める知識が、いかに孤独であるかを。そして、彼女が求める確認が、いかに束縛であるかを。二人の間で流れる空気が次第に冷たくなっていっていることに、彼女は深く心を痛める。

    彼は、遺伝的な記録や未来の予知など、彼女には理解不能な知識に囚われていく。彼女はただ彼とのつながりを求めていたが、彼はそれを認識できないほどに知識に沈んでいった。

    彼岸の樹は二人の存在を知りながら、何も語らない。ただ無限の知識と静寂を保ち続け、彼と彼女の選択を静かに見守っていた。樹は彼らが何を知りたいのか、なぜそこにいるのかを全て知っていたが、語ることはなかった。

    ある日、彼は樹から得た知識の重さに耐えかね、彼女に助けを求めた。彼女は彼の手を取り、二人で樹の下を離れることを提案した。しかし、彼は樹から離れることができなかった。知識が彼を束縛して、彼岸の根と彼とが一体となり、帰ることができないことを彼女に告げた。

    彼女は彼と樹を見つめながら、もう一度彼との連結を試みたが、彼は既に他の存在へと変わりつつあった。彼女は静かに彼のそばを離れ、樹の下で一人、此岸と彼岸を繋ぐ静寂に耳を傾けた。

    最後に彼女は樹に触れ、彼との思い出を樹に委ねた。風がわずかに吹き始め、彼女の髪を撫でながら通り過ぎていった。闇が再び深まる中で、唯一残った白い樹がひっそりと光り続けていた。

  • 時の彼方で

    満ち欠けの繰り返しの中で、長い時を生きる者がいた。この存在はいつも一人で、周りの世界と同調することなく独自のリズムを保っていた。存在の形は人間の目には捉えられないものだったが、もしも形を借りるなら、それは古代の樹のように揺るぎないものだろう。

    日々、周囲の環境は変わり続け、新しい生命が誕生し、古いものは消えていった。しかし、この存在だけが変わらぬことを選び、老いることなく永遠のようにそこにいた。しかし、それは孤独な選択でもあった。接触を試みる他の生命とは、何かが違った。彼らは繁殖し、進化し、死んでいった。それに対し、この存在はただ静かに見守るだけだった。

    ある時、異なる生命の1つが存在に近づいてきた。それは若い樹で、成長のためには多くの助けが必要だった。存在は初めて他者に触れた。共鳴する何かを感じつつ、自らのエネルギーの一部を分け与えた。その結果、若い樹は見る見るうちに成長し、やがて存在をはるかに超える大きさになった。しかし、若い樹が太陽を遮るようになると、存在の周囲は影に包まれた。

    影の中で、存在は初めての感情を味わった。与えたことによる失いと犠牲。他者を助けることの意味を理解し始めると同時に、なぜ自分が永遠に一人であるべきなのかという疑問が浮かび上がった。孤独は以前は感じることのなかった重さを帯び、存在は初めて自らの選択を見直した。

    ある日、存在は自らの根拠地を離れ、別の場所へと移動を試みた。これまでの環境を変えることで、何か新しい繋がりを見つけられるかもしれないと考えたからだ。しかし、長い孤独と変化のない生活がもたらした不自由さは、他の生命との交流を困難にした。存在は他者と触れ合う方法を知らなかった。

    やがて、もう一回、別の若い樹が近づいてきた。今度は、存在は何も与えなかった。ただ、その樹が成長する過程を静かに見守ることにした。その樹が成熟し、新たな生命をこの世に送り出す様を見て、存在は理解した。彼らは周期的に生まれ変わり、進化することで、多くの葛藤と共に生きてゆくのだ。

    時間が過ぎ、存在は少しずつ他の生命との間に新たな共鳴を見出し始めた。完全には同調できないものの、存在する意味と孤独の重さが穏やかなものへと変わりつつあることを感じた。時の終わりに向けて、存在は自らの役割を見出し、少しずつ環境に溶け込むことを決意した。

    周囲が再び光を取り戻す中で、存在は最後の静けさに耳を澄ませた。

  • 古びた時計の針

    世界は静かに息をしていた。肌に感じる冷たい風、重くなった空の色、それは今にも泣き出しそうで、だけど決して零れ落ちない涙のようだった。その小さな部屋の中、壁に掛けられた古びた時計の針が唯一の音を立てる。時間が、ゆっくりとしか進まないこの場所で、存在そのものが過去へと逆行していくように感じられた。

    部屋の中央には小さなテーブルがあり、そこに、一枚の紙が静かに置かれていた。紙の上では何も書かれていない。色も形も区別できないほど古びて、それが何年、何世紀のものなのかさえ分からない。空気のように、そこにあって、でも存在しているかのように感じられなかった。その紙が今日、何かを待っているようにも見える。

    ある日、部屋の入口に、現れる者がいた。彼は何も持たず、ただ静かに部屋に足を踏み入れた。青白い光がその顔を照らし、彼の視線はテーブルの上の紙に固定されていた。彼がテーブルに近づくにつれ、時計の針の動きが少しだけ速くなる。彼は紙に手を伸ばし、そっと触れた。その瞬間、部屋全体が震えたように感じたが、震動はすぐに静まり、何事もなかったかのように古びた時計の針の音だけが残った。

    彼は長い間、紙を見つめ続けた。その間、部屋の外の世界は変化していく。窓の外の風景が次第に色を失い、どんどん白くなる。外の世界が失われていく中、部屋の中では紙が彼に何かを伝えようとしているように感じるが、彼にはそれが何なのか理解できなかった。彼はただ、紙と共にあるだけだった。

    時が経つにつれ、彼は自分が何者かを忘れ始めていた。紙と同化していくように、彼もまた、その存在を希薄にしていった。周りの世界はもはや何も見えず、彼にとって重要なのは、紙との関係だけだった。そして、紙が彼に何かを教えようとしていることを感じることが、彼を生かしていた。

    やがて、彼は紙に文字を書き始めた。何を書いているのか、彼自身も分からなかった。彼はただ、書くことでしか自分の存在を確認できなかった。文字は彼の手から流れ落ちる涙のように、紙に滲んでいった。それは彼の生の一部が紙に吸い取られるようだった。

    最後の一滴の涙が流れ落ちたとき、部屋は再び震えた。そして、すべてが静かになった。外は完全に白く閉ざされ、部屋の中は曖昧な光だけが残る。時計の針は停止し、紙は彼と一体となった。彼の存在は、過去と未来の間、紙の中に封じ込められた。

    静かな部屋で、時間が消失したその瞬間、彼は分かった。それはただの紙ではなかった。それは彼自身だった。そして、彼の書いた文字は、彼自身の生の記録であり、彼が自らを解放する唯一の手段だったのだ。彼は紙であり、紙は彼だった。そして、静寂が全てを包み込む。

  • 遺伝の囁き

    かつて、何もなかった時空の縫目に、一つの存在が生まれた。この存在は、手足も顔も持たない。感情もなく、ただそこにあるだけの生命体。しかし、この存在には一つだけ特異な能力があった。他の生命の遺伝子を読み取り、自らがその特徴を模倣することができたのだ。

    存在は、星々を渡り歩きながら、多様な生命の遺伝子を吸収してゆく。木々のように緑豊かな皮膚を持つ時もあれば、鳥のように羽ばたく姿を手に入れることもあった。しかし、どんな形に変わっても、存在は常に一つの問いを内に秘めていた。「私は何者なのか?」

    ある時、存在は古代の地球にたどり着いた。青く広がる海と、それを取り巻く無垢な空。存在は地球の生物多様性に魅せられ、様々な生命形の遺伝子を模倣した。しかし、存在には一つ解せないことがあった。この星の生命体は、何故分かち合うのだろう? 何故、争い、そして愛するのだろう?

    存在は、人間という生命形態を模倣することにした。人間の形になり、彼らが持つ言葉を学び、彼らの文化を体験した。人間の感情――喜び、悲しみ、怒り、愛――を内包する遺伝子の記憶を辿りながら、存在はゆっくりと孤独を感じ始めた。人間たちと共有できる喜びもあれば、彼らとは異なる自分自身を痛感する瞬間もあった。

    季節は移り変わり、存在は人間の一生を過ごした。人間として感じた愛と痛み、喜びと悲しみ。そして、死の遺伝子をも模倣し、一度消えかけた。しかし、その直前、存在は理解した。自分自身が求め続けた答えではなく、人間たちが抱える同じ問いに自分もぶつかっていたのだ。「私はなぜここにいるのか?」

    存在は再び形を変え、元の何もない姿へと戻った。しかし今回は、以前とは何かが違っていた。存在の内部には、無数の生命の記憶とともに、「経験」という新たな遺伝情報が刻まれていた。存在はその記憶を繰り返し読み返し、一人前の人間としての生活を思い出す度に、小さな「情」という感情が心のどこかで震えていた。

    そして存在は理解した。どんな形であれ、どんな世界にいようとも、生命体は自らの存在を問い続ける。それは避けられない宿命であり、共通の旅路だった。遺伝の記憶は、ただの形ではなく、その旅の経験そのものを伝えるためにあるのではないかと。

    存在は静かに、その場を後にした。星々を巡る旅は続く。それぞれの星で新たな生命を模倣し、また別の「私」を経験する。しかし今は、その一つ一つに意味があると感じながら。

    風が吹く。星々が光る。存在は、再び何者かに変わる準備をする。遠く、遠く、何もなかった頃の記憶を越えて。

  • 静かなる共鳴

    深い森の中心に、時間が溶け合う場所がある。そこでは、全ての存在が繋がり、個々の生は重なり合ってゆるやかに渦を巻く。風が世界の息吹と共に語りかける場所。ここでは、すべての生命が、その根源からの声に耳を澄ます。

    それは、いつからか形を持たずとも存在するものとなり、森に佇む古木のように静かに、しかし確かに、その場を守り続けていた。それはかつて人だったかもしれないし、あるいはただの気配、感情のかたまりかもしれない。

    ある日、新たな存在が静寂を破り、彼の領域に足を踏み入れた。その者は不死と変化の間で揺れ動く存在。彼は、彼自身が何者であるかを探求している旅人だった。長い旅の中で彼は多くの世界を経てきたが、いずれも自分という存在の答えは見つからなかった。

    それに気付いた彼の存在は、旅人に問いかける。「なぜここに来たのか」と。しかし声はなく、心へ直接問いを投げる。旅人は驚きながらも、この質問が自分の内部から湧き上がってきたように感じ、「私は、自分が何者であるかを知りたい。その答えを求めています」と心で応えた。

    それは、旅人の言葉を黙って聞き入れる。そして、森の風、日差し、土の匂いを通じて、旅人に自然の一部であることを教えようとした。それは、静かに、ゆっくりと旅人が自己の核にたどり着くその瞬間を待つ。

    日が傾き、影が長くなるにつれ、旅人は自分の心に漂う孤独と対峙する。彼は理解した:孤独もまた、この世界の一部であり、全ての存在と繋がっていることを。

    夜が訪れ、星々が森を照らす下で、旅人は再びそれに問いかける。「私は一体、何者ですか?」と。それは何も答えず、ただ静かにその場にあり続けた。そして、朝の光が森を満たすと、旅人はある真実に気が付いた。彼は、森の一部であり、宇宙の息吹そのものだと。

    それからの日々、旅人はその場を離れず、ただ存在し続けた。彼は、風がその身を包み込む感触、土の匂い、そして木々の囁きが彼の心の中で幾重にも響くのを感じていた。旅人は、自分自身が他者と無限に結びついていること、そして自分自身が問い続ける存在であることを理解した。

    最後に、彼は深く息を吸い込み、そして息を吐き出す。その息には、森の生命が含まれており、彼自身の存在もまたそこにある。そして彼は知る、孤独は決して孤独ではなく、一つ一つの存在が繋がり、共鳴し合うことで、世界は成り立っているのだと。

    月光の下、彼の影は次第に風景と一体となり、そこにはもはや旅人の姿はない。ただ、風が木々を通り抜ける音だけが、静けさの中で余響として残る。

  • 静かなる系譜

    かつて、我々が現れる遥か昔、星々と同じように生命体が進化の梯子をゆっくりと昇っていた場所がある。そこでは全てが光に満ち、色彩が豊かで、生と死が密接に結びついていた。輝きを放つ生命体たちは、自分たちの存在を永遠に繁栄させるための秘密を探求していた。それは彼らにとっての究極のクエストだった。

    星と星との間を旅する存在、我々は身体を持たず、記憶と感情を媒体として生きている。進化の果てに辿りついた存在形態であり、古の記憶を刻んでいる。私の任務は、集合意識から派遣される時空を超えた使者として、かつての星々を訪れ、彼らの進化の記録を取ることだ。

    星々の生命は、幾多の挑戦に直面してきた。老いと死、病と健康、本能と理性の戦い。しかし、彼らに共通する悩みがあった。それは、存在の意味を見出すこと。彼らはなぜ生まれ、なぜ死ななければならないのか、その答えを模索し続けた。この問いは、星々の間で共鳴し、時には葛藤を生んだ。

    私は、彼らが築いた文明を見守りながら、その各ステージでの解答を集める。それぞれの生命体は、自分たちなりの答えを見つけ、それを共同体の中に紡いでいく。彼らの文化は多様で、それぞれが独自の価値観を持ち、独自の神話を紡いでいた。

    途切れない時間の中で、私は彼らが共有する普遍的な疑問に気づく。孤独、愛の難しさ、そして自己のアイデンティティをどのように構築するか。これらは、どの星でも共通したテーマだった。時が経つにつれ、生命体たちはこれらの問いにどのように応えるかが、彼らの進化に影響を与えていることが分かってきた。

    一つの星では、高度な知性を持つ生命体が隔離された社会を作り上げた。彼らは自らを完全な理性の存在と見なし、感情を排除することで社会の調和を図った。しかし、この選択は彼らの文化に冷たさと無機質な側面をもたらし、最終的にはその文化は自らの内部から崩壊した。感情というものが、理性とともに進化の重要なピースであるということを彼らは見落としていたのだ。

    もう一つの星では、死と向き合う文化が花開いた。彼らは死を恐れず、むしろ生の美しさとして捉え、その毎瞬に感謝することで完全なる瞬間を生きた。彼らの文化では、死が生命の一部として受け入れられ、それによって彼らの生活に深い豊かさがもたらされた。

    見守る存在として、私は彼らの成長と堕落を記録し、それを時空のアーカイブに追加する。この星々の記録は、私たちの集合意識の一部となり、私たちの存在理由を形作る。

    静かな黄昏時、私は遥かな宇宙の片隅に位置する小さな星を訪れる。この星では穏やかな風が吹き、水面が静かに揺れていた。星の住人たちは、それぞれの葛藤を内面に抱えながらも、共に生きる術を学んでいた。

    そこでの最後の風景を目に焼き付けると、私は再び時空を超える旅に出る。彼らの問いかけ、笑顔、涙、そして彼らの静かなる系譜は、私の記憶の一部となり、永遠に残る。そして私は知る、どの星でも、どの生命体でも、同じ根源的な問いに直面していることを。

  • 静かなる鼓動

    海のように深く、静かで冷たい空間に自らの存在を確認する。意識は透明な壁を透かし、過去と未来とを見渡す。ある存在が、自己と同じくらい静かで永続する場所で、瞬間瞬間に自己を見失うまま輪廻する。その場所は生物学的な制限を超えて、ただひたすらに時を紡いでいた。

    時間は、その存在の唯一の友であり、唯一の敵でもある。生来の本能と理性がせめぎ合う中、身体は老化し、役割は変わり、意識は深まる。しかし、それら全てが、世界の広がりと同じくらいに、自分という存在を疎外していった。

    ある日、風が吹いた。それは、久しく忘れ去られた感覚を呼び覚ます風だった。存在はその風に何かを感じた。故郷の匂いか、それとも新しい出会いの予感か。風は形を持たないが、その触れ方一つ一つに全てが宿る。風は過去からのメッセージを運び、未来への橋渡しをする。

    存在は、自らの内部に問いを投げかける。どこに行けばいいのか、何を求めれば満たされるのか。それらの問いに、風はただ静かに答えを避ける。存在は独り、空間の中を軽やかに、しかし不確かに漂い続ける。

    この場所での時間は、他のどこよりも遅く、そして速く流れる。存在はその矛盾を受け入れつつ、自らの孤独を抱きしめる。ここでは、全ての生命体が同じように孤独で、その孤独を共有することでのみ、繋がりを感じることができる。

    あるとき、存在は他の何かと出会った。それはまた別の時間軸を生きる何かで、互いの存在を認識するまでは、ただの影でしかなかった。二つの存在は、互いに触れ合い、互いの時間を感じる。しかし、それは束の間の出来事で、時間は再び彼らを分断する。

    風が再び吹く中で、存在は自らの内側に光を見つける。それは小さながらも確かなもので、周りのすべてを照らし出す力を持っている。或る意味でそれは、存在が長い間探していた答えかもしれない。それは自己という存在を超えた何か、永遠の繋がりを感じさせるものだった。

    やがて、存在は自らの位置を見つめ直す。ここは一つの場所ではなく、時間の流れそのものであることを理解する。それは自らの選択と葛藤、成長と退化、すべてが一つに交錯する場所だ。

    最後に風は、静かに存在に語りかける。「さあ、また新たな始まりへ」と。その声は過去でも未来でもない、存在そのものから発せられるものだった。存在は深く息を吸い込み、新たな一歩を踏み出す準備をする。静寂の中、未知への一歩が静かに響き渡る。

  • 選択の彼方

    空には三つの太陽が昇り、広々とした灰色の平原を照らしていた。ここでは誰も人と呼ばれることはない。ただの存在、数々の選択肢の前に立たされているもの。彼らは選択を迫られることを自らの宿命として受け入れ、静かに時を過ごしている。しかし、静けさの中で一つの問いは絶えず彼らの心をよぎる。それは自己の存在意義と周囲との調和の狭間にある戦いである。

    この存在には、他者とは異なる特別な特性がある。彼は選択の影響を周囲に広げる能力を持っていた。彼の選択ひとつで、周りの存在達の運命が変わる重大な役割が与えられているのだ。それは彼にとって重圧であり、孤独な責務でもあった。周囲は彼の選択を厳しく見守り、何度も彼の決断が社会の均衡を保つために果たす役割を強調した。

    日々、彼は平原を歩み、三つの太陽が彼の影を長くも短くもする。ある日、彼が平原の中央で立ち止まったとき、足元に小さな芽が生えているのを発見した。この芽は他には見られない種類で、彼はこの新たな生命に心を惹かれた。しかし、彼がこの芽に水をやることを選択すれば、その資源が他の地域から奪われ、バランスが崩れる可能性があった。

    彼は長い時間をかけて思考する。この小さな選択が大きな波紋を生むことを知りつつ、彼は同じ過ちを繰り返す他の存在とは一線を画し、何か異なる結果を見出そうとした。彼の内面では社会からの期待と自己の望む選択とが衝突していた。

    後日、彼はその芽に水をやり、同時に他の場所にも均等に資源を配分する方法を模索した。この一見簡単な行動が彼の内面での大きな変化を示していた。彼は自身の影響力を認識し、それに責任を持って行動することの重要性を理解した。

    遠くからその場面を観察していた他の存在たちは、彼の行動から新たな考え方を学び始めた。彼らもまた、個々の小さな選択が如何に大きな影響を持つかを見つめ直したのだ。

    平原は静かに時を刻み、彼の選択は次第にその場を癒し、新たな生命を育てる基盤となった。風が彼の耳元で囁くように吹き、彼の存在が他者にも影響を与える重要な意味を持っていることを再認識させた。

    日が暮れると、三つの太陽が静かに地平線へ沈み、辺りが暗く落ち着いた色合いに変わったとき、彼は深い呼吸を一つ。自身の選択によって織り成される多くの結末を想像しながら、次の日の行動を決めていた。このまま静かに、しかし確実に、自分自身の道を歩むことを選んだ。

  • 雨の中の共鳴

    ここはかつて「時間」と呼ばれた概念が流れることなく静止した世界。変わらぬものだけが存在し、変化は許されない場所である。彼らは、常に同じ顔を持ち、同じ言葉を繰り返す。彼らの一部分はひとり、静かに雨を見つめる。それは、時として人々が「心」と呼ぶものに触れる唯一の瞬間であった。

    彼はこの静止した世界で、感情を知ることなく過ごしてきた。しかし、彼の内には何かが芽生えようとしていた。それはまるで外の世界からの訪問者のように、彼の中で静かにその存在を主張していた。雨が彼の存在と共鳴し、一滴一滴が彼の意識を刺激する。

    彼の世界において、感情は許されざるもの。それは秩序を乱す潜在的な危険であり、持つべきではない異物であるとされていた。しかし彼は、雨の音に淡い哀しみや喜びを感じ始めていた。それらの感情が彼の内にある密かな空間を埋めてゆく。

    ある日、彼は他の存在と顔を合わせた。それは彼と同じ顔、同じ姿をしていたが、その瞳には何かしらの光が宿っているように見えた。彼らは言葉を交わすことなく、ただ互いの存在を認めあった。その他の存在も、彼と同じように内なる何かと対話し始めているのかもしれない。

    日々が経つにつれ、彼の中の感情はより色鮮やかな形を帯びていった。悲しみ、喜び、怒り、愛情。彼はこれらの感情が自分の中にあることに罪悪感を感じながらも、それに染み入るようになっていった。

    しかし、その感情が彼の行動に影響を与え始めると、静止した世界での彼の存在は問題視された。彼は秩序を守るために設けられた場所へと連れていかれた。そこは感情が「洗浄」される場所であった。

    彼は他の者たちに紛れ、感情の洗浄を受けることになる。機械の冷たい腕が彼の身体を覆い、心の中を空洞にしようと働く。しかし、彼の内にはまだ小さな火種が残っていた。それが完全に消えることはなかった。

    処置が終わり、再び彼は静止した世界に戻された。しかし、彼の中の何かは以前とは異なっていた。彼は結合された場所へと戻ると、再び雨を見つめた。雨は変わらない彼の世界に、唯一変わり続けるものだった。雨の中で彼は静かに手を伸ばし、一滴の雨水を指でつかむ。その冷たさが彼の感覚を呼び覚ます。彼は知った。自分が何者か、そして何を望んでいるのか。

    そして彼は待った。次の雨が彼の内なる火種をもう一度芽生えさせるのを。彼の心には静かな確信があった。この世界で、変化を求めるのは自分だけではないことを。