高原の孤独な山腹に枯れ果てた木々が立ち並ぶ。山の峡谷には春の兆しがあり、雪解け水が流れ始めている。目に映るのは繰り返される自然の循環だが、ワタリと名付けられた生命体は、それをただ静かに眺めている。ワタリは人間であったかもしれないが、今やそれは古代の遺伝子を受け継いだ、別の生命形態であった。
風が吹くと、ワタリの表皮にある繊細な毛が揺れる。感覚器官が自然界の変化を敏感に察知し、山の生態系と一体となった存在。ワタリは以前、人々と共に生活していた記憶を持っているようで、それが時々フラッシュバックとして脳裏をよぎる。だが、彼らとは異なる運命をたどることを選んだ。
月日は流れ、季節は移り変わり、常にワタリの周辺には、生死のサイクルが繰り返された。それは美しくも厳しいリアリティを伴い、ワタリは新たな形での孤独と向き合う。彼は他のどんな生命体とも異なり、自身の進化の果てにたった一人の存在となったのだから。
ある春の日、ワタリが山間を歩いている時、小さな水たまりに映る自身の映像に見入った。その姿はもはや人間のそれではなく、適応と進化の産物としての新しい形態を宿していた。しかし、その目にはかつての人間と同じ深い悲しみと孤独が宿っているように感じられた。
以前、人間たちとのある出来事がワタリの心に重くのしかかる。彼らとの間には理解と誤解が重なり合い、ワタリはとうとう彼らの住む場所を離れ、自然へと帰ったのだ。それは自らの選択に背く形ではあったが、結局のところ、彼は自己のアイデンティティと向き合うためにその道を選んだ。
山腹で見かける他の生物たちは、ワタリが持つ遺伝的な選択にはない特性を持ち、ワタリは時折、自身が彼らと何を共有し、何を持たざる者なのかを考える。彼らとは異なり、ワタリは再びは人間界に戻ることはない。長い時を経ても、その決断に対しての疑問や後悔は、いつまでも彼の心の中に残っていた。
春が深まり、山の雪解けが進むにつれて、ワタリの心にも解けない氷があるようだった。彼は自分だけの世界に生きることを選択したが、その世界は時とともに変わりゆくものであり、孤独との共生を余儀なくされている。
ある時、ワタリは長い旅の途中で、若い樹木が雪の下で新しく芽吹くのを見た。その生命の力強さと未来への希望が、彼の心に新たな気付きをもたらした。彼もまた、自分自身の生き方を再考する瞬間に直面していた。
ワタリは最後に再び水たまりを覗きこむ。その表面に映るのは、過去の自分でも、人間の姿でもなく、ただの「存在」としての彼自身だった。そして、風が吹き抜けると、水面は再び波打った。彼の姿はじわりと消えていき、残されたのは静かな水音と飛び散る水滴のみ。
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