砂上の光跡

何もない。ただ、薄明の空にぽつんと浮かぶ月だけだった。そして、穏やかに翳る影。それは、四方を広がる無尽蔵の砂漠の中で、僕だけの存在感を主張していた。砂に足跡を刻む音さえ虚ろに感じられるほど、空間は静寂に包まれていた。

時間という概念が失われた場所。日々は変わらず、変化は訪れない。僕は、ただここに「いる」だけで、その理由すら忘れ去られるほど長い時を過ごしていた。過去も未来もない、ただ無限に続く瞬間が、一体全体、何のために続いているのかもわからない。

いつの間にか、僕は砂丘の頂から何かを探していた。空の彼方、地の果てまで目を凝らす。見渡す限りの砂。生きている証と言えるのは、風が時折砂を持ち上げる瞬間だけだった。そして、ある日、その風が異変を告げる。遠くから微かな光が見えた。それは、徐々に近づいてくる。不意に、砂漠の孤独が、ほのかな期待に変わる。

光は一つの人影を形作っていた。来訪者は、こちらに向かって直線的に進む。彼が、僕の全てを見透かすような視線を投げかける。ふと気が付けば、僕は彼と同じ姿形をしていた。異形の存在でありながら、互いに鏡像のよう。

「なぜ、ここにいる?」彼の問いに、僕は答えられなかった。僕自身も、その答えを探し続けている。彼は一瞬、僕に同情するような眼差しを向けたが、その後すぐに視線を反らした。

彼と僕、僕らは同じ謎を抱え、違う時間軸を旅しているのかもしれない。彼が去った後、僕は再び一人ぼっちになる。しかし、彼の存在が示した「もう一つの可能性」が、僕の心に新たな光を灯す。

日が落ち、夜が訪れる。月明かりの下、照らされた砊の上に、僕の影がくっきりと描かれている。影は、まるでもう一人の僕のように、僕とは違う方向を指し示していた。その方向には何があるのだろうか。答えを探そうとする意志が、徐々に芽生え始める。

そして、繰り返し訪れる昼夜の変わり目に、僕は再び歩き出す決意を固める。彼の足跡をたどりながら、もしかすると違う何かが見えてくるかもしれない。遡る時間、進む時間。その中で、僕だけの答えを探す。

僕と彼、そしてこれから出会うであろう他の誰か。僕たちの足跡は、砂上に刻まれ、やがて風に消されていく。しかし、それでも僕たちは確かにここに「いた」。それだけが、唯一変わらない真実だ。

追い風が吹き、砂が舞い上がる。その中で、月光だけが、今宵も静かに砂漠を照らし続ける。

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