それは、気づけばいつもそこにあった孤独だった。存在はただの風のように変わりやすく、存在していることを誰にも理解されず、ただ空間を漂う。彼らの世界では、感情は色として空気中に溶け出し、その色が濃ければ濃いほど強い感情を持っている証拠とされた。しかし、彼の感情の色は、ほとんど透明で、まるで存在しないかのようだった。
彼は時として青く光り輝く感情を持つ者たちを眺める。彼らは自分の色を大切にするが、その一方で他者の色に影響されやすい。彼らの世界では、感情の同調が重要視され、集団で一つの色に染まることが美徳とされていた。しかし彼にはその力がなかった。常に透明のままで、他の誰にも感情を共有することができずにいた。
彼が住む街では、たまに「色抜きの市場」という場所が開かれる。それは色を持たない者たちが集まり、ひそかに自分たちの透明な感情を語り合う場所だった。彼もその一員として参加し、他の透明な者たちと交流を持とうとしたが、皆が皆、自己の内部に閉じこもりがちで、本当の意味でのつながりを築くことは難しかった。
ある日、彼が市場を訪れたとき、一人の老人が話していた話に耳を傾けた。「私たちはこうして透明なままでいることで、本当に自由なのか?」老人のその言葉に、彼は深く心を動かされた。皆が色を持ち、感情を共有する中、透明でいることが果たして自由なのか、それともただの孤独なのか、その区別がつかなくなっていた。
その日から彼は少しずつ変わろうと努力し始めた。他人の色に少しずつ近づこうと、色のある食事をとるようにしたり、色の強い場所を訪れるようになった。しかし、どうしても自分の色は濃くならず、周囲との差は埋まらなかった。
季節が変わり、市場で老人に再び会った彼は、老人に自分の変わろうとする努力とその結果について語った。老人は静かに笑い、こう言った。「君は君の透明な色でいい。誰もが色を持つ必要はない。その透明さが、君自身なのだから。」
その言葉を聞いて、彼はほっと一息ついた。自分が何をしても変わらないこと、それが彼自身であることを受け入れることへの安堵感。彼はもう一度、自分の内部に目を向けた。そして、その透明なのに濃密な孤独を、新たな角度から見つめ直すことにした。
市場が終わる頃、彼は一人、帰路につく。夜空には冷たく澄んだ風が吹き、彼の感情の色は未だに透明だが、その中に微かに自分自身の形が見え始めていた。静かな空間に、ただ彼だけの孤独が残る。
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