選択の風景

世界は密林のように思えた。そこに立つものは、名もなき者。枝が控えめにそよぐ音だけが、無限とも思える沈黙を破る。彼は選択に迫られていた。選択のたびに一枚の葉が地に落ち、土に還る。彼の内部で、無数の時間が交錯していた。

「個とは何か」という問いを常に背負って、彼は林を彷徨う。左に曲がれば、彼の記憶が一片の光を失う。右に進めば、かつての感情が深化する。前に進むことは新しい痛みを切り開くことだった。後ろは、忘れたい記憶のひだに隠れている。

彼が歩く道には、大きな石が一つ。その周りでは、いくつかの小さな花が咲いている。花は彼に、美しさというものが時として刹那的であることを教える。彼はその花を抜こうとはしなかった。それは彼の選択の一部、花をそのままにすることで、彼は何かを学ぶのだろうと感じたからだ。

踏み出す足が小さな枝を折る。その音を耳にした瞬間、彼は自分の存在を疑う。 “私は誰なのか、ここで何をすべきか”。そんな問いが、近くの木々によって賛美歌のように囁かれる。風の音は彼の胸の内の声に似ていた。それは同時に、周囲からの期待と彼自身の内的世界との間の狭間で響いている。

彼はついに一つの川に辿りつく。その水は、見る者の心の奥底にあるものを映すという。彼は水面へと視線を落とす。映ったものはぼやけているが、彼はそこに自分自身の多くの面影を認める。幼い頃の恐怖、青年期の夢、現在の疑問。それら全部が一つの水面に集約されていた。

彼は水を手で触れることにした。その瞬間、水は彼の手の形をとり、そして、ゆっくりと元に戻る。彼の影響があっという間に消え去る様子に、彼は人間の存在の儚さを感じ、それでも続く時の流れに心を動かされる。

夕闇が迫る中で、彼はひとつの決意を固める。それは、過去に縛られず、未来に怯えず、ただ存在することの大切さを内面から理解し、受け入れること。彼はその場で立ち尽くし、さまざまな思いが心を渡り歩き、最終的には一つの深い息吹に落ち着いた。

彼が目を閉じると、今度は暗闇が彼を包み込む。そこには、恐怖も期待も存在しない。ただ、厳かな静けさが残るだけだった。最後に目を開けた時、彼はもはや名もなき者ではなかった。彼は自分がただひとつの存在として、この世界に確かに存在していることを、静かに確認した。

それからの彼は、同じ道を戻ることなく、新たな道を切り開く覚悟を備えていた。彼にとっての風景は、常に選択の連続だった。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です