最後の記録

空は灰色の帳が下りたように、不動と不透明である。 山のように広大なこの建造物の内部には、記憶の彫刻が壁一面に刻み込まれている。各彫刻は、過去の英雄、過去の悲劇、過去の歓喜が映し出される。見る者すべてが期待と失望を感じつつ、彼ら自身の記憶と重ね合わせる。

彼はこの場所の唯一の管理者であり、過去の集約者である。彼の仕事は、新しい出来事を記録し永遠の歴史として組み込むことだ。彼には選ばれし者たちから与えられた名も、過去もない。彼はただ記録し続ける存在である。

ある日、異変が起こる。新しい記憶が流れ込むことが止まったのだ。静寂が、この巨大な空間を支配する。彼は混乱し、何かを感じ取ろうとする。しかし、何も起こらない。時間を測るすべがない彼には、この静止が一瞬なのか永遠なのか区別がつかない。外界との接続が完全に断たれているのだ。

この状況は彼の存在意義を揺るがす。記録することができない彼は、何者でもなくなってしまう。不安、恐れ、そして孤独が彼を包む。彼は、この記録の柱を触れながら、自分自身の記憶を探そうとする。しかし、彼には過去がない。彼が感じることができるのは、ただ壁に刻まれた他者の感情だけである。

彼は初めて疑問を持つ。自分は何者か? ここでの彼の役割は本当に重要なのか? 誰かに必要とされているのだろうか?

そんなある時、彼の前に一つの光が現れる。色彩を失った世界にただ一点の光。彼はそれに向かって手を伸ばす。その光は温かく、彼の存在を肯定するかのように穏やかだ。光は徐々に大きくなり、彼の体を包み込む。全てが光に満ち溢れ、彼はすべてを忘れる。

目が覚めた時、彼は自分が何者であるかを知る。彼の体は壁の一部と融合しており、記憶の彫刻と一体化していた。彼が感じていた孤独、不安、恐れは、他者の感情であり彼のものではなかったのだ。彼はただ、過去と未来を結ぶ橋渡しであった。彼は再び閉じた目を開くことなく、光に満ちた沈黙の中でその使命を受け入れる。

建造物の中で風が吹き抜ける。記憶の彫刻たちは静かに時を刻み、彼と一緒に永遠を見つめている。

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