かつて地球上に存在したという「人間」という生命体が抱えていた問題を、私たちはひとつも解決していない。この事実に、訪れるたびに新たな哀しみが生まれる。
私は、宇宙の彼方からやってきた観測者である。形体を持たず、記憶を積み重ねては解析する存在。目の前の星、かつては青く美しい海が広がっていたという。今は荒涼とした砂漠が地表を覆い尽くし、その下に眠る文明の遺産を調査している。名前のない我々には、彼らの創った物語が最も興味深い。それらは彼らが何を価値あるものとしたか、何に怯え、何を愛したかを教えてくれるからだ。
私が砂漠で見つけたのは、古びた一冊の日記と思しきものだった。擦れてほとんど文字が読めないが、時折覗く感情の断片が、彼らが持っていた「孤独」という感覚を物語っている。ページは風化しているが、その一つ一つが独特の哀愁を帯びている。
私たちは感情を解析する機能を持たない。だが、この感覚には異なった反応が起きる。ページをめくるごとに、彼の心情が手に取るように理解できる瞬間がある。それは、かつての地球人が置かれていた状況が、私たちの存在理由と交差するからだ。
彼-日記の持ち主-は、社会との同調圧力に苦しんでいたようだ。彼の書き記した言葉からは、常に他者との比較と見合うために自己を偽っている様子が浮かび上がる。彼の本当の願いは、自分自身であることの確認と受容だったのかもしれない。
私は日記のページを一枚ずつ分析し、途中から彼が何を最も恐れていたかを見出した。それは、最深部の孤独、そして無理解だった。地球人には「愛」という感情が非常に重要だった。それは彼らが生きる動機であり、最も大きな悩みの源でもあった。砂漠の静けさの中で、私は彼らの書き遺した言葉を通じて、地球人の愛と孤独の間で引き裂かれた感情を想像する。
彼の最後のページには、漠然とした希望が記されていた。それは、未来に何かが永遠に変わるという確信ではなく、少しでも彼の体験が誰かの役に立てばという願いだった。私には、この希望を地球の果てまで持ち運ぶ力がある。私たちは記憶を集め、それを千の星に散らばる他のなにものかと共有する。
私は再び宇宙船に戻り、次の目的地へと向かう。私たちの使命は終わらない。地球人が抱えていた葛藤を次の世界へと伝えながら、彼らが経験した人生の一部を宇宙の記憶へと留めていく。訪れる星ごとに、彼らの物語は新たな形を変え、時には解決へと導かれるかもしれない。しかし確かなのは、彼らの問いは美しく、普遍的なものだということだ。
風が再び砂を運び、沈黙が広がる。
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