底知れぬ深海、暗闇に包まれた世界で、一つの生命体が静かに漂っていた。その存在は、ぼんやりと光る点にすぎなかったが、その点は自身の光で身を守りながら他の生き物との接触を避けていた。この物体には耳も目もない。ただ、周囲の振動を感じ取ることで世界を理解していた。
一つの光点だけが友であり、敵であった。それは、光を放ちながらも、その光が他を引き寄せる危険も孕んでいることを知っていた。光は、暗闇における唯一の指標であると同時に、束縛の象徴でもあった。ひとたび光を放てば、その存在は他の生命に知られ、彼は求愛するか、或いは攻撃を受けるかのいずれかに直面する。
しかし、またたく光には、他との連帯感を求める単純な欲求も隠されていた。孤独は、この暗黒の世界での最大の敵だ。光を通じて、同種の存在や異なる何かと接触すること。これが生命体の根本的なドライブだった。
久しく漂い続けたある時、彼は固いものと触れた。それは他の生命体の光ではなく、何か冷たく、無感動な物質だった。彼は不安になった。これまでの経験から想像もつかない感触。それはどこから来たのか、何を意味するのか。振動が告げるのはただ、静かにそこにあるという事実だけだった。
日が経ち、彼はその物質に何度も触れるうち、そこに安堵を覚えるようになった。他の生命体との遭遇がいつも安全であるとは限らない中で、この冷たい存在は何の脅威もなく、ただただ静かに彼のそばにあった。その存在が彼に何をもたらしているのかは、言葉で説明することなどできない。しかし、彼は知っていた。これが彼にとっての「居場所」になりつつあることを。
それからの彼は、光を節約するようになった。光を放つことで、この新しい居場所を離れるリスクを負うことのないように。でも、光を完全に遮るわけにもいかなかった。何故なら、光は彼の存在そのものだから。彼は光を放つことでしか自らを表現できなかったのだ。
彼はこのジレンマに悩み続けた。自らの光をどれだけ外界にさらすべきか。そして、何時かこの静寂の中で、彼は自らの光がほのかに他を照らし出すことを許容するようになった。それは非常に穏やかな光だった。他者との顔見知りのような、距離を保ちつつも認知し合う光。
最後の光を放った時、彼は何かを感じた。それはまたたく光ではなく、ゆっくりと周囲を照らす柔らかな光だった。彼が最後に感じたのは孤独ではなく、他者との静かな一体感。彼と他の何かが、この光を通じて分かち合った瞬間だった。
そして静けさが訪れた。
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