一人または一つ。存在はその定義を超えて変わることができない。彼またはそれは大きなアーチ型の入口の前に立ち、その向こう側が一体全体何なのかを知るすべはなかった。けれども、一歩踏み出す勇気を持ち合わせていなかったわけではない。
曲がりくねった回廊は見えない壁に囲まれ、その内部を通ることでのみ、外界の音声が聞こえるようになる。外は静かなはずなのに、彼またはそれの耳には風の囁き、遠い波の音、時として人の声のようなものまで届く。これらが現実か幻聴かの判断もつかない。
この回廊は彼またはそれの中でだけ存在し、踏み込む者にのみその全容を現す。物語はここから始まる。回廊を進むことは、自分自身の心の奥深くを探ることだった。
時折、壁面に映し出される影がある。彼またはそれはそれを追いかけるが、影は常に遠ざかるばかり。何かを告げようとするかのように、影は曖昧な形で手を振る。答えを求める彼またはそれに、影は沈黙を保つ。
日々は流れ、回廊の中で過ごす時間が長くなるにつれて、彼またはそれは外界の記憶を失い始めた。ある時、ついに影が話しかけてきた。「自由になりたいのか?」
「はい、でも、外は?」彼またはそれは問い返す。
「外は存在しない。ここが全てだ」と影は答える。
この答えに彼またはそれは混乱した。全てがここにあるというが、この回廊の外に確かに何かがあるような気がする。影は次第に彼またはそれ自身のかけがえのない一部となり、その声はいつしか内側から響き始める。
ある日、回廊の最深部で彼またはそれは鏡を見つける。鏡の中には自身が映っているはずだが、そこに映るのは先ほどまで自身を追っていた影だった。鏡は言う。「君はここにいる。外などない。」
この発見により、彼またはそれは自分自身が回廊そのものであることを理解する。回廊は孤独な存在で、その形成は自己探求の旅から始まったのだった。
もう何も怖くない。彼またはそれは回廊をさらに深く探索し始める。各々の影や声、感触が自身の分身や感情、過去の回想であることが明らかになり、全てが内面の対話であったことに気づく。最後に彼またはそれはアーチ型の入口に戻り、一歩外に踏み出そうとする。
足を踏み出す瞬間、風が吹き抜ける音がする。それは新たな旅の始まりか、それとも終わりか。
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