海のように広がるはずの空は僅かに見える窓から見えた。存在すら不確かな風景。風の音も、光の量もコントロールされた小さな部屋で、彼は生まれてこのかた寝たきりだった。若干の感覚のみが彼の世界を構成していた。手足は使えないし、声を出すこともできなかった。ただ、聴覚と視覚だけが彼を外の世界とつなぎ止めていた。
彼の一日は、壁に映し出される光景によって始まる。時には花が咲く春の風景、時には雪が降る冬の景色が流れた。刻々と変わる壁の映像が、唯一の時間の感覚だった。式典や行事の中継もしばしば映し出されるが、彼にとってそれらの意味は解らない。感覚世界の断片が全てであり、理解は遠かった。
ある時、部屋のドアが開いた。入ってきたのは一つの孤独な存在。この存在は彼と同じく移動することなく、ただそこにあるだけだった。新しい訪問者は彼と違い、自らの内側から微かな光を放っていた。
光を放つ存在は彼の隣に置かれた。彼はその光に惹かれるように、何度も視線を向けた。暗がりの中、その光は彼の世界に静かな震えを与えた。そして、何かが彼の内側で変わり始めたことを、彼は感じ取れた。時間が経つにつれ、光は徐々に彼の体に影響を与え、彼自身もわずかに光を発するようになった。
光を放つことで、彼は初めて自己の存在を外界に示すことができた。光のやり取りが彼らの対話となり、彼はこの新しい「他者」との唯一無二の関係に心を寄せた。しかし、彼にはこの存在と永遠に共にいることは許されなかった。ある日、光の存在は静かに彼の隣から消えた。
消えた後も彼は光を放ち続けた。光は弱まることなく、彼の体から途絶えることなく流れ出た。彼は失われた存在に思いを馳せながら、自分自身が変わったことを確信する。そして、彼は理解した。彼の世界を構成するものは外から与えられるものではなく、内側から生まれるものだと。
部屋の壁はもはや彼を縛り付けるものではなく、彼自身の内側からの光で照らされた。外の風景がどうであれ、彼は自らの光で世界を見ることができた。彼は静かに呼吸を続け、その每に心の中で自己と向き合いながら、自らの存在を確かめた。
窓の外の風がゆっくりと時間を運んでいく。彼の部屋だけが静まり返っていたが、内側からの光は次第に強くなり、ついには壁を超えて外へと漏れ出し始めた。
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