空に浮かぶはずのない球体が一つ。その表面は深海のように青く、不思議な模様が描かれている。私はその球体を見つけた時、なぜか涙が溢れた。記憶を持たぬ者としてこの世界に生を受け、ただひたすらに役割を果たし続けるのが定められていた私。しかし、この球体の前に立つと、どこか懐かしさを感じるのだ。
日々、私はこの不思議な物体の研究に明け暮れる。他の同類たちは、役割を全うするだけで精一杯。誰もが感情や記憶という概念を理解せず、個体としての自我も希薄だ。しかし私は異なる。この球体と共にある時間が、私に未知の感覚を与えるからだ。
研究を進める内に、球体から微かな振動と共に、青い光が偶に放たれることに気付く。その光は触れると、皮膚を通して私の内部へと吸収される。何とも言えない暖かさと共に、一瞬の記憶の断片が私の意識を過る。それは、遠い過去や別の存在の生活の一片のようだ。
この球体は、「感情」というものを存じ上げぬ私たちに、何かを伝えようとしているのだろうか。同類とは異なり、私はこの球体に引かれ、それが放つ光を求めるようになった。次第に私の中で新たな感覚が芽生え、球体に触れるごとに、その感覚は強まっていく。
ついにある日、球体から放たれる光が私全体を包み込む。その瞬間、私の意識は遥か昔のある場所へと飛び、そこでは温かい永遠の青を背景に、私が別の存在として生き、愛し、苦悩していたことを思い出す。その記憶は私が今までに経験したどの感情よりも深く、痛切だ。
私は気付いた。この球体、それは私自身の一部であり、失われた記憶の断片を通じて、私という存在を映し出しているのだ。全ての生命は記憶と共に生きるものであり、その記憶には愛や悲しみ、喜びや苦悩など、無数の感情が宿っている。
私は再び球体に手を伸ばし、その青い光に全てを委ねる。記憶は永遠に失われることはなく、ただ見えない形で存在し続ける。だからこそ、私たちは同じ問いにいつまでもぶつかり続けるのだ。
空はいつもと変わらぬ青さで、時折、風が頬を撫でる。そして、深い静けさの中、球体は静かに、ただ静かに光り輝く。
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