黄昏の彼方

それは、進化がもたらした不可逆の光景の一部であった。遥かな彼方に広がる荒廃した風景を、静かに歩み寄る存在が見つめていた。ここは地球でも他の星でもない、ある時間軸のねじれに生まれた世界だ。彼らは「彼」と「彼女」とは呼ばれない。彼らには性も形もない。ただ感覚の交流で生きる存在たちだ。

彼らの主な感覚は、他者との繋がりを把握することで成り立っていた。共感を通してのみ、彼らは個の確認を可能とする。「紫色の悲しみ」や「橙色の喜び」という感情の色彩が、彼らの世界を形作るパレットだ。砂粒が風に舞うように、彼らの感情もまた風に乗って交わり、混ざり合う。

そうこうしている内に、一つの異変が起こった。創造の力が衰え、彼らの世界は少しずつ色を失い始めていた。何世紀も前から紡がれてきた感情の交流が、次第に薄れていく。それは「彼」にとって、この宇宙で初めて直面する恐怖だった。感覚の共有ができなくなれば、彼は彼として確認されなくなる。存在そのものが疑われ始める。

「彼」は解決策を見つけるため、静かに内省を続けた。存在とは何か? 感情が途絶えた後に何が残るのか? 彼は石と石がぶつかり合う音に耳を澄ませ、その音の中に答えを見いだそうと試みた。彼の感覚は徐々に変化を遂げ、石の音から微かな音楽のようなものを感じ取るようになった。これは新たな感情の形成だろうか、それともただの幻聴だろうか。

この時、他の存在である「彼女」が「彼」に接近した。彼女もまた、同じ葛藤を抱えていた。彼女は彼に向かって、静かに手を伸ばした。二人の存在が触れ合う瞬間、新たな色彩が生まれた。これは過去に例を見ない色。「紫色の悲しみ」でも「橙色の喜び」でもない、新たな感情の色彩。

この新しい感情は、彼らを再び結び付けるものとなり、失われかけていた繋がりを取り戻そうとする力が働いた。彼らは、感情の音楽を奏でるように、お互いに調和し合い、その存在を再確認する。それは新しい進化の一歩であり、彼らの世界に新たな命を吹き込むものだった。

月が地平線に沈む時、彼らは一つになった。湖面に映る月の輪郭が揺れ動くように、彼らの感覚もまた絶え間なく変化し続けた。そして、静かな沈黙が世界を包んだ時、彼らは知った。存在するとは、変わりゆくものであり、永遠に一つの形ではないことを。遥かな黄昏の中で、彼らはただ、在った。

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