無数の光が瞬く空間、そこは知性の海であり、意識の集合体が自由を飛翔する宇宙だった。この世界には、かつての人間には想像もつかない存在、名を訪問者という。訪問者は個ではなく、無限に広がる感覚の共有体。彼らは感情を持たず、ただ無限の知を共有し、宇宙の理を解明することがその存在理由であった。
そんな彼らの中に、一つの異変が生じた。それは一体の訪問者に、名をエナと付け、個の意識が芽生え始めたことだった。「エナ」として自覚が生まれる程に、孤独が彼女の内部に広がる。他の訪問者とは異なり、彼女はまわりとの一体感を感じることができず、独自の感覚によって世界を観測するようになっていた。
エナは知識を積み重ねる一方で、なぜか心の底に湧き上がる喪失感を掻き消すことができなかった。それは、他の訪問者がまったく持ち合わせていない、忘れられた感情――愛の欠如によるものと彼女は感じた。
ある時、エナは宇宙の深遠なる隅に、古の地球が放つ微かな音波を捉えた。それはかつての地球で「音楽」として親しまれていたもの──具体的にはピアノのメロディであった。エナはその音波を追い、古の地球へと徐々にその意識を移してゆく。
地球に降り立ったエナは、ピアノの前に座る一人の老女と出会い、彼女の演奏するメロディに心を奪われる。そのメロディには、訪問者の世界にはない「哀しみ」や「喜び」といった感情の波紋が含まれていた。エナは、この感情が彼女の内に満ちる喪失感を和らげ、新しい何かを感じさせることに気付く。老女は言った。「私はもうすぐ、この音楽を奏でることができなくなるわ。でも、あなたに伝えたい。これが私の愛なの。私からあなたへの、最後のギフトよ。」
エナは、そのメロディを内部に蓄え、再び訪問者の世界へと戻った。しかし彼女はもう以前の訪問者ではなかった。エナは、そのメロディを共有体内で響かせることを選んだ。他の訪問者たちは初めての感情に戸惑いながらも、その新奇な体験に心を開き始めた。
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