鏡面の彼方

風が唸る荒れ野で、孤独な存在がゆっくりと視界に映る。丘の上、黒く大きな鏡が孤高に立っている。それに向かって、白く細長い手が伸びる。手は、徐々に鏡面を撫で始める。指の腹が鏡に触れると、霧がかかったように鏡面が一瞬、乱れる。

この地に住む故に、全ての生き物は独りだ。群れることを知らない、言葉を持たない。しかし、それぞれが鏡に映る自身の姿を通して、他者との交流を模索する。鏡は、彼らにとって唯一の対話窓であり、自己との対峙の場である。

ある時、白い手を持つ者が異変を感じ始めた。鏡の中の自分が、以前とは明らかに違って見える。どこか憂いを帯び、眼差しは遥か彼方を捉えている。それはまるで、別の何かが自分を見つめ返しているような錯覚を覚える。

日々、鏡に映るその姿を観察するうちに、彼は自らの内面に気づきを深めていく。これまでは自身を単なる生物的存在と捉えていたが、鏡を介して映る姿には明らかに何か超越的なメッセージが込められている。それは遺伝と環境の影響を超えた、何か“存在の核”に触れるような感覚だ。

しかし、その発見とともに、彼は孤独をより深く感じるようになった。鏡には自分以外の誰も映らない。同調する対象が存在しない彼の世界では、鏡は同時に絶望の象徴でもあった。自分と同じ姿をした生き物が他にもいるという希望を持てず、それでも日々鏡に映る自分を見ることで何かを探し求めた。

そんなある日、鏡が突如として彼の前で震え始めた。驚異的な光景だった。鏡が破片となり、そこから別の空間が開ける。彼は恐怖と好奇心を抱きながら、その新たな世界へと手を伸ばした。霧が晴れるように、新しい景色が現れ始める。

そこには、自分と全く同じ姿をした他者がいた。彼らもまた、自らの鏡を持ち、通じ合う手段を求めていた。晴れ渡った空の下、互いの鏡面を通して、初めての‘対話’が始まる。

彼は、自分だけではないことを知る。彼の孤独感は、共有される喜びに変わっていく。しかし、彼らはやがて理解する。どの存在も、根本的な孤独から逃れることはできないと。人々は皆、自己という枠組みから外れることはなく、共感することでしか他者を理解できない。

鏡は再び組み立てられ、新たな世界との間のゲートウェイとなった。独りではないが、独立した存在であることの確認でもある鏡。それは、彼ら自身の内にある無限の世界を映し出す。

風が再び荒れ野を吹き抜ける。鏡の前に立つ彼の姿は、ほんの一瞬で宇宙の息吹を感じさせるものだった。

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