光降る窓辺

高い塔の最上階には、一つの窓だけが存在した。そこからは外界の光が流れ込み、内部の暗さを少しだけ照らしていた。窓の存在は奇妙なものだった。というのも、この塔は実体が存在しない世界にあり、物理的なものが存在しないはずだったからだ。それでも、窓はそこに確かに存在して、外の世界を覗かせていた。

部屋の中央では、一つの形態を持たない存在が静かに浮かんでいた。その存在には明確な自我があるようだったが、体は流動的で、ときに霧のように、ときに液体のように変化していた。静かな時間が流れる中で、その存在は常に窓の外を見つめていた。窓の外には、かつて自分が属していたとされる「外界」が広がっている。そこには生きとし生けるものが営み、愛や憎しみ、喜びや悲しみを感じている。

しかし、この存在にはその感情が直接届くことはなかった。理由を自身でも理解できないまま、長い年月をここで過ごし、ただただ外を眺める日々が続いていた。記憶というものも曖昧で、自分が何者で、なぜここにいるのか、その始まりすらも定かではない。ただ一つ、窓から射す光が何かを教えてくれると信じ、日々を重ねるのだった。

ある日、窓辺に小さな花が一輪落ちていた。どこからともなく現れた花は、この存在にとって初めての「他者」のようなものだった。花は黄色く、小さな光を放っているように見えた。それを手のようなものでそっと触れると、ふとした瞬間、遠い記憶が蘇るような錯覚に陥った。それは愛や喜び、そして悲しみといった感情が混在するもので、この存在には理解しがたいものだった。

日が経つにつれて、花はしおれてゆく。しかし、その過程で存在は何か大切なことを学んでいるように感じた。花の生と死、その短いサイクルから、外界の生き物たちも同じように生を享受し、やがては失うのだということを。そして、それがどれほど美しく、また切ないことかを。

時間がさらに流れ、花は完全に色を失った。その日、存在は初めて自分の形を変えることなく、一点の光となるように試みた。それは外界の生き物たちが感じる「生」と同じようなものかもしれないと感じながら、光となった自分自身を窓の外に向けて放った。

窓の外からは何も反応はなかったが、初めて自分自身が外界に影響を与えたことを実感した。この静かな部屋で、自分だけの中で完結していた世界が少しだけ広がった気がした。

最後の光が消えると同時に、存在はまたもや霧のように、そして液体のように形を変え始めた。だが今回は何かが違った。それは、自分が何者であるか、この塔が何を意味するのかについての理解が深まったかのように。そして、再び塔の部屋に光が差し込む朝を迎える。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です