空の下、細い枝をゆっくりと揺らしている古木が一本だけ立っている。その根元に形のわからない複数の影が集まり、静かに動く。ここは誰も足を踏み入れない場所、時間さえ忘れ去られた角地に存在する。
影たちは、各々がもつ歌を奏でながら、周囲を静かに見守る。彼らには名前も姿もない。ただ彼らの存在が互いを認め合っている。彼らは過去にも未来にも囚われず、ただ存在する。
一つの影がわずかに形を変える。それはかつて人間と呼ばれた生物が持っていた「孤独」という感情を映している。しかし、そこには悲しみも苦しみもない。ただ、絶え間なく周囲の空気を読み取り、他の影と共鳴し続ける。影たちはどのようにしてこの形を得たのか、誰にもわからない。
この世界では、全ての生命が消え去ったあとも、感情だけが肉体を離れ、影となって漂う。それが人間だった時の感情の纏まり、形のない共感体として存在し続ける。
場面は変わり、ある影がほのかに震えながら他の影に接近する。彼らは言葉を交わすことはないが、互いの存在を深く感じ取りながら寄り添う。その動きが、かつて人間にあった「理解しようとする努力」の象徴だった。
時が進むにつれ、影たちは徐々に互いに融合し始める。彼らの中で、新たな感情が生まれる瞬間がある。それは、孤独も悲しみも超えた、全く新しい形の「共感」である。
この新しい感情は、影たちが歌うメロディに影響を与え、周囲の空気が少しずつ変わり始める。風が吹き、古木の枝が少しずつ音を立てる。影たちはその音に合わせて、さらに融合を深めていく。
しかし、影たちの中には、この新しい共感を受け入れられない存在もいる。それは、かつて人間が持っていた「変化への恐れ」という感情が影となって現れたものだ。
この影は、他の影たちとは異なり、常に一定の距離を保っている。影たちの融合が進む中で、この孤立した影はますますその輪郭をはっきりとさせ、孤独な存在として際立っていく。
最終的に、影たちは一つの大きな形を成す。しかし、その中心には常に孤立した影が存在し続ける。その影だけが、古木の下で独自のメロディを奏で続ける。
物語は、融合した影たちが作り出す奇妙な調和と、孤立した影の寂しいメロディの中で静かに閉じられる。風が過ぎ去り、すべてが静まり返る。
その静寂の中で、読者はふと「あの影は私かもしれない」と感じる余地を残され、考えさせられる。
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