風が時の粒を連れてくる場所、そこは誰もが通り過ぎながらも決して留まることのできない無名の地。彼方からの手紙はいつも静かに、しかし確実に受け取り手を求めて旅を続ける。
主人公はそんな手紙を一枚手にした。それは薄く、ほとんど透明で、文字は見え隠れする光の反射によってのみ読むことが可能だった。手紙は風に舞う葉のように軽く、その存在はほとんど幻。しかし、何故かその手紙は彼に重くのしかかって欲しいと願うような重さを秘めている。
手紙には時刻も送り手も記されていない。ただ、紙片には「選択」という言葉が、薄れゆく墨で何度も何度も繰り返し書かれていた。主人公は、この言葉が自分の内側にある何かと強く結びついていることを感じた。
毎日、彼はこの手紙を眺め、その意味を解き明かそうと試みる。周囲には誰もそれを理解できないようで、彼は唯一理解者を求め独りでこの謎を抱えていた。彼の周りの存在たちは、彼の行動を理解できずに距離を置くようになった。彼が手紙に見出した秘密を共有しようとするたび、彼らは彼から離れていく。
ある日、彼は手紙が彼を導く場所へ歩を進める決意をする。その場所は広大な無の荒野で、時間さえも色あせているかのような理解不能な空間だった。風が粒を連れてくるその場所で、彼は初めて手紙の声を聞くことができた。それは風の音のようでありながら、明確な言葉として彼の心に響いた。「選択は、存在の証。」
この言葉を胸に、彼は自らの孤独と向き合うことを決意する。選択とは、彼にとって他者との関係を選ぶことだけでなく、自己と向き合い、自己を受け入れることでもあった。
時間はそこで静止し、風は彼の周りをやさしく包み込む。彼はついに理解する。手紙は彼自身からのメッセージだったのだ。彼が何時かその手紙を書き、自分自身に送った。それは自己との対話であり、自己への確認だった。彼は自分が過去にも未来にも存在することを理解し、一つの存在として完全に受け入れた。
そこで彼は一枚の手紙を地に落とす。その手紙は風に乗り、どこか他の誰かのもとへと旅立つだろう。誰かが、いつか、同じ言葉を見つけ、自らが抱える葛藤に向き合うための手がかりとするまで。
彼は静かに目を閉じ、風が運んでくる次の瞬間を待った。そして全てが静寂に包まれる中、彼は自分自身の一部が既に旅を続けていることを感じた。
コメントを残す