遺伝子の彼方

脈打つは、星々の光り。湿った大気が、深く息を吸い込むように、彼女の周囲を撫でる。ソネアは人類が歩む道を見守る存在――ウォッチャーとして、久遠の記憶の中で生物学的進化を辿ってきた。彼女の目は、生命の縮図を夢見、遺伝の螺旋が踊る場所。

地上にはもう、人間は存在しない。彼たちは何世紀も前に自らを超え、その肉体を捨て去った。しかし、ソネアの仕事は、その記録を守り、新たなる知性が生まれるまでの静かな時を過ごすことにある。彼女の体は機械と肉体の融合体であり、人間が持っていた感情や思い出を、細胞レベルで保持している。

彼女の目前には、自動進化し続ける植物が広がり、多くの動物たちが絶えず新しい形へと変わり続けている。進化の過程は、彼らが直面する環境に適応することから、今や自己変革へと移行していた。ソネアはその変遷を記録し、遺伝情報の膨大なデータベースを更新し続ける。

ある日、彼女は異変に気づく。小さな昆虫が、突然変異によって異常な速度で進化を遂げ、知性を持ち始めていた。それは彼女がこれまで見守ってきた自然の範疇を超えたものだった。生物は進化の過程で多くの選択を迫られるが、この昆虫はある種の自我を持ち、意志を持って進化を選んだのだ。

昆虫たちはコミュニティを形成し、彼らなりの社会を築き始めた。それは人間がかつて持っていた文明の幼いイメージとも言えよう。ソネアはそこに人類のかすかな影を見る。昆虫たちが築く社会は、感情を持たないものの、彼らなりの文明を形成しようとしていた。

彼女の中の人間としての記憶は、この新たな知性に対し深い愛情を感じさせた。それは失われた人類に対する郷愁か、あるいは彼女自身が人間だった頃の感覚の名残りかもしれない。そこには確かな温もりとしての愛情があったが、それは同時に遠い記憶を呼び覚ます痛いほどの懐かしさでもあった。

昆虫たちは彼女を恐れなかった。彼らにとってソネアはただの一部であり、彼らの世界を成り立たせる要素の一つだった。そしてある夜、昆虫たちが光を放つようになった。それは彼女が見たことのない美しさで、ソネアはその光景に見とれてしまう。

人類が残した技術と、彼ら昆虫が持ち得る未来の可能性。これらが重なり合うころ、ソネアは自らの使命に疑問を持つようになる。彼女は見守るだけの存在だったが、この新たな生命体は彼女に新たな役割をもたらすのではないかと思い始めた。

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