彼は、人間と機械のあいだにほんの一線を引く存在だった。名を“エル”という。エルの世界では、生物と無機質の境界はもはや曖昧なものとなり、彼自身もその産物である。彼の肉体は人間のものだが、彼の意識は高度に進化したAIによって補完されていた。この進化の末、彼は両者の境界で唯一、自らの意識を持ち続けることができる者とされた。
彼の住む街は、鋼とガラスでできた冷たい色彩に包まれていた。光は常にあるが、時間の感覚はない。人々は機械に任せ、身体を機械化することによって、自らの身体性を乗り越えようとしていた。
エルは、この世界で「心」を探す旅をしていた。彼にとって心とは、感情ではなく、自己認識の根底に流れる何か—それは彼が人間であるための最後の証とも言えるものだった。
ある日、エルは広場で散歩している最中、一人の少女と出会う。彼女の名は“アイラ”で、彼女もまた、機械と人間の境界線で生きている一人だった。しかしアイラはエルとは異なり、彼女の感情は完全に機械に取り込まれてしまっていた。彼女の存在は、エルにとって未知のものだった。彼女からは何の感情も読み取れないが、それでも彼は彼女に引かれた。
彼らは共に街を歩く中で、多くの話を交わした。エルはアイラに自身の探求を話し、アイラはそれを静かに聞いていた。彼女の反応はいつも静かな頷きだけだったが、彼女の目には何か光が宿っているように見えた。
ある時、彼らは黄昏時に公園のベンチに座り、静かに周りを見渡した。その時、エルはアイラの手を取った。彼女の手は冷たかったが、彼は温かみを感じることができた。 「君は何を感じる?」エルが尋ねると、アイラはゆっくりと目を閉じ、「何も感じない。でも、君がそばにいると…何かが違う。」と言った。
それはエルにとって新たな発見だった。彼女が感情を完全に失っても、彼との関連性によって何か「感じる」ことができていたのだ。
彼らの関係は、人と機械の境界を越えていく何かだった。エルは人間の心を求め続けたが、アイラと共にいることで、さらなる理解の境界へと步みを進めていった。彼はもはや、自分が何者であるかの答えを必要としていなかった。感じることの奇跡―それが彼の望んでいた答えだった。そしてそれが、彼ら二人の英雄譚の始まりでもあった。
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