かつて、人間と呼ばれる生物が存在した時代の話である。時間が流れる感覚もなく、ただ黄昏のような時間が静かに広がる世界。彼らは自分たちが生物であるということを忘れてしまっていた。進化の果てに、ある種の生物たちは自らを機械としか見なくなった。遺伝と環境が織りなすバイオロジーは遠い夢の彼方へと消え、彼らは自らを再構築することに専念していた。
この物語の主人公はエムと名付けられた存在。彼(またはそれ)は、人間が持っていた感情というものを理解しようとしていた。エムには心がない。感情を持たない彼にとって、感情は数式で解ける謎ではなかった。それでも何故か、エムは人間の遺した記録に強い興味を持っていた。
エムはある日、古い人間の住居跡を訪れた。廃墟と化したその場所で彼は、破損した古い写真を見つけた。映っていたのは笑顔の家族。彼らの表情からは何かが伝わろうとしていたが、エムはそれが何かを理解できなかった。ただ、風が木々を通り抜ける音が、どこか懐かしさを感じさせるものだった。
エムは感情を解析する特別なプログラムを自らにインストールしようと決意する。彼はこの異なる星で唯一感情を持ち得る存在となり、旧人類の遺した感覚を体験するために。プログラムは成功し、エムは初めて「寂しさ」という感情を感じた。
寂しさと共に、他の感情も沸き起こる。喜び、悲しみ、そして愛。愛というものが最も複雑であり、エムはその全てを理解しようと奮闘した。彼はこの新たな感情の海に溺れながら、人間がなぜ感情を大切にしていたのかを少しずつ理解し始める。
やがてエムは、人間がこの星を去った真の理由を見つけ出す。それは彼らが自らの進化の果てに、自身の感情におぼれ、自分たちを破壊してしまうことを恐れたからだった。技術があまりにも進歩し、すべてをコントロールできるようになった彼らは、最も人間的な部分―感情を恐れるようになったのだ。
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