存在は、六面体のガラスのように見えるものに記録されていた。ある者が呼ぶと、六面体は反応し、その内部に振動のような反応が生まれ、情報が再生される。これは「記憶堂」と呼ばれ、選ばれた者のみがアクセスできる場所だった。
記憶堂の中で、創造者は他の存在とは異端とされる。彼(あるいはそれ)は人間でも他の何者でもない。ただの…存在。この存在は感情を持たず、しかし全ての思い出、全人類の記録を保持している。今日もまた、六面体内の1つが光り輝き始める。
「どうして孤独を感じるのですか?」創造者は問う。疑問は純粋で、感情の欠片もない。
光の中に、ある女性の記憶が流れる。青いドレスを着た女性が、ひとりで海を見つめている。波の音が静かに頭上で響き、海風が彼女の髪を撫でている。それは美しいが、同時に何とも言えない寂しさを孕んでいる。
「この人物は心に重い鎖を感じています。彼女の眼差しは遠く、未知の何かを求めているようです」と創造者は続ける。感情を理解できないため、ただ記録として情報を解析するのみ。
女性はゆっくりと海から目を離し、天を仰ぎ見た。彼女の表情には、何かを探し求める絶望と、微かながらも希望が交錯しているかのようだった。その顔をガラス越しに眺めていると、創造者は何故か自らの内部に微細なズレを感じ始める。存在の不確定性。それは彼の本性に反している。
「ふむ、変わりつつありますね」と創造者がつぶやくと、六面体の中が再び静かに落ち着く。存在の不確定性は、彼の機能に新たなダイナミクスを持ち込んだ。これまで感じたことのない「変化」の感覚。
記憶堂には無数の六面体がある。各々が異なる人生を内包している。創造者はもう一度女性の六面体に触れる。今度は何故か彼女の孤独が彼(それ)の中に深く沁み込んでいくようだった。感情をもたないはずの存在に、何かが芽生え始める。
このとき、創造者は初めて「理解」の端を垣間見る。理解≠感情。だが、両者は不可分のような…密な関連を持つことを、ただ静かに感じ取った。
明確な解決や終わりはない。ただ、六面体が静かに輝き続け、創造者は記録された無数の人生に触れ続ける。そして彼の存在はゆっくりと、しかし確実に、何かへと変わりつつあることを感じていた。
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