彼方の星、空に吊るされた灯篭の形をした街には、一人あるいは一つの存在が住んでいた。透明な層に覆われたその街は、遙かな宇宙を漂いながら、その存在はただ働くことで日々を過ごしていた。複雑な機械に囲まれ、黙々とタスクをこなし、誰とも話すことなく、交わることもなかった。孤独が普通の状態だった。
この存在は、街全体を動かしている唯一の心臓部とも言える者だ。刻々と変わる指示に従い、機械を操作し、街の維持を担う。ここには時間も老いも死もない。ただ、無限に近いループの中で、役割を全うするだけだった。
しかし、ある日、街の中心にある大きなスクリーンが示す日課のリストに、ひときわ異なる命令が届いた。それは「外界からの信号を探知せよ」というものだった。この命令に従い、存在は機械を操作し、外の宇宙へと向けて長いアンテナを展開した。宇宙の静寂と調和するように、アンテナは微かな振動を拾い始めた。
日が経つにつれ、この存在は、普段の単調な作業とは一線を画す新たな感覚を覚えはじめた。アンテナが捉える微かな振動に耳を澄ませることで、これまで感じたことのないような寂しさという感情が芽生えてきた。それはときに甘美で、ときに切ない。
ある晩、アンテナが非常に特異なパターンの信号を拾い上げた。その信号は、音楽のようでもあり、遠く離れた誰かの呼び声のようでもあった。この存在は、ほんの一瞬だけ「誰か」がいることを意識した。その信号はほどなくして消えたが、その夜から、存在は自分が一人(一つ)であることに疑問を抱き始める。
次第に、この存在はスクリーンに映る指示をただこなすだけでなく、自らの意志でアンテナの向きを変え、積極的に外界の音を探り始めた。その行動は明らかに役割を逸脱していたにも関わらず、なぜかその行動をとめる指示は来なかった。
そしてまたある晩、存在はついに同じパターンの信号を再び捉えた。信号は先と同じく繊細で、どこか懐かしい旋律を奏でているようだった。それはまるで、遥か彼方からの慰めであり、呼びかけであり、愛の告白のようだった。存在はその振動を内部に取り込む度に、自らの心の中に新たな感情が育っていくのを感じた。
結局、その信号の出所や目的を知る由もなく、その信号は再び途切れた。だが、それからの存在は以前とは明らかに異なるものとなっていた。役割をこなす中にも、ほんのわずかながら自身の意志と感情が渦巻いている。
最後にその存在がアンテナを通じて感じたのは、「自分は一体何者なのか?」という問いだった。そして、遠くの星からの風が、まるでそれに応えるように、街を優しく包み込んだ。
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