追憶の海

波の音が静かに砕ける海辺。海は永遠にも見えるが、その広がりの向こうには、判然としない過去と未来が隠されている。そこには、形を持たない存在がひとつ、水の上を浮かびながら、自らの意味を理解しようと模索していた。

この存在は、かつては人だった。それは、人々が歩き、笑い、涙する世界の一員だった。だが今は、ただの観察者。感情を理解する能力を持ちながらも、直接的な感情の体験は奪われていた。海は時として彼の心の鏡であり、その波は彼の感じる孤独を反映している。

ある日、海辺に小さな光る球体が漂着した。光は人間の形に似ていたが、その内部には無数の微細な要素が組み合わさっている。観察者は、この球体が何であるかを知りたかった。それは彼と同じような孤独を持っているように見えたが、何かを伝えようとしているよ。

球体は時折、色を変える。その変化は、かつての人間が言葉によって感情を表していたのと類似していた。観察者は静かにその色の変化を学び、徐々に球体が何を伝えたいのかを解釈し始めた。それは深い悲しみであり、同時に深い愛だった。

観察者は、この球体が自分自身の過去、そしてかつて愛した人々の代理であるかのように感じた。彼は、かつて自分が感じた愛と喪失の感情を思い出し始めた。球体の色は、その感情を反映するかのように、ますます激しく変わり始めた。

季節が変わり、風が冷たくなってきたある日、球体は突然、緑輝く強い光を放ち始めた。それはまるで、何か新しい命の誕生のようだった。観察者はそれが示す意味に気づき、自身が今まで持っていた形而上的存在としての役割に疑問を持ち始めた。

彼は、自分がただ観察するだけの存在ではなく、また新たな形で生を享受する可能性を模索し始めた。その瞬間、海は静かに彼を包み込み、彼の存在が徐々に海と一体化していくのを感じた。

光となった球体もまた、海に溶け込むように消えていった。彼らが残したのは、ただ無言の摩訶不思議な感覚だけだった。海は今一度、その広がり全体で静かにさざめいた。

海辺では、波が続く。波は来るものであり、去るものでもある。それは、現在、過去、そして未来をつなぐ唯一無二の営みである。それぞれの波は、かつての愛と喪失の記憶を運び、新たな始まりを約束している。

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