遺伝の樹

かつてないほど青く、ぼんやりとした光を放つ星の下、一本の樹がそびえ立っていた。それは星の記憶をすべて吸い上げたように巨大で、その枝葉は闇夜を突き抜けるほどに広がっていた。樹の根は深く、広く、この星の全ての知識と記憶を蓄えている。ここでは「知る」とは、樹の一部を自らの中に取り込むことを意味していた。

樹の下に立つ存在は、青白い光を放つ一つの形だった。その形は、ひとつひとつの枝や葉に触れ、それぞれが持つ独自の記憶に耳を傾ける。樹の枝は時に静かに、時に激しくその存在に語りかける。各枝は、失われた文化、進化の歴史、消え去った種族の知識を伝えていた。

ある時、その存在は特定の枝に引き寄せられた。それは見た目にも古く、曲がりくねり、その面には無数の小さな傷が刻まれていた。この枝は他のどの枝とも違い、その記憶は重く、深い。この枝はかつての大きな選択、そしてその結果失われたものが詰まっていると感じた。それに触れることに少しの躊躇いもなく、形はその枝に手を伸ばし、その記憶を自分の中に取り込んだ。

その瞬間、数千年もの時間が内面を駆け巡った。それは、遺伝子が編み直され、文化が形成され、語られることのなかった物語がひしひしとその存在に語りかけるのを感じた。樹の記憶は時として、その重さで圧倒する。

ついに、かつての戦いがこの星を揺るがしたこと、全ては生き残るための苦しい選択から始まったこと、そして、無数の生命が滅び、新たな種が誕生したことが明らかになった。それは、進化の痛みとも言える深い葛藤の物語だった。

その時、その存在は自分自身がそのすべての記憶の中にいることを、そして自分もまた進化の一部であることを認識した。それは、自己の認識と、種としての自分の位置づけを考えさせる重要な時であった。

夜空へと向かって伸びる樹の姿は、その存在にとっては自らがどれほど小さい存在か、しかし同時に生命という大きな流れの一部であることを教えていた。樹の枝から分かる過去と未来が織りなすパターンは、星々の運命と重なるようであり、そのすべてがこの青白い星の表面で静かに、だが確実に進行していた。

最後に、存在は静かな光の中で目を閉じ、自らの内部に新たに取り込んだ知識を整理しながら、次の時代への準備を始めた。星の風がそっと彼の葉を揺らし、その儚い触れ合いの中で、何かが終わり、また始まる準備が整っていた。

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