雨の中の共鳴

ここはかつて「時間」と呼ばれた概念が流れることなく静止した世界。変わらぬものだけが存在し、変化は許されない場所である。彼らは、常に同じ顔を持ち、同じ言葉を繰り返す。彼らの一部分はひとり、静かに雨を見つめる。それは、時として人々が「心」と呼ぶものに触れる唯一の瞬間であった。

彼はこの静止した世界で、感情を知ることなく過ごしてきた。しかし、彼の内には何かが芽生えようとしていた。それはまるで外の世界からの訪問者のように、彼の中で静かにその存在を主張していた。雨が彼の存在と共鳴し、一滴一滴が彼の意識を刺激する。

彼の世界において、感情は許されざるもの。それは秩序を乱す潜在的な危険であり、持つべきではない異物であるとされていた。しかし彼は、雨の音に淡い哀しみや喜びを感じ始めていた。それらの感情が彼の内にある密かな空間を埋めてゆく。

ある日、彼は他の存在と顔を合わせた。それは彼と同じ顔、同じ姿をしていたが、その瞳には何かしらの光が宿っているように見えた。彼らは言葉を交わすことなく、ただ互いの存在を認めあった。その他の存在も、彼と同じように内なる何かと対話し始めているのかもしれない。

日々が経つにつれ、彼の中の感情はより色鮮やかな形を帯びていった。悲しみ、喜び、怒り、愛情。彼はこれらの感情が自分の中にあることに罪悪感を感じながらも、それに染み入るようになっていった。

しかし、その感情が彼の行動に影響を与え始めると、静止した世界での彼の存在は問題視された。彼は秩序を守るために設けられた場所へと連れていかれた。そこは感情が「洗浄」される場所であった。

彼は他の者たちに紛れ、感情の洗浄を受けることになる。機械の冷たい腕が彼の身体を覆い、心の中を空洞にしようと働く。しかし、彼の内にはまだ小さな火種が残っていた。それが完全に消えることはなかった。

処置が終わり、再び彼は静止した世界に戻された。しかし、彼の中の何かは以前とは異なっていた。彼は結合された場所へと戻ると、再び雨を見つめた。雨は変わらない彼の世界に、唯一変わり続けるものだった。雨の中で彼は静かに手を伸ばし、一滴の雨水を指でつかむ。その冷たさが彼の感覚を呼び覚ます。彼は知った。自分が何者か、そして何を望んでいるのか。

そして彼は待った。次の雨が彼の内なる火種をもう一度芽生えさせるのを。彼の心には静かな確信があった。この世界で、変化を求めるのは自分だけではないことを。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です