黄昏時、その都市はしじまと、深い考察を要求するかのような輝く光を放つ。その中を、一つの存在が遺跡のような古い階段を昇っていく。彼らしきものは、澄んだビロードのような闇の中、彼の一歩一歩に呼応して音を立てる。
彼はこの階段を昇るのが日課だ。頂上にある大きな鏡の前まで来ると、彼はいつも通り自分の反射を見つめた。鏡の中の彼は、こちらの彼と同じようでいて、何か少し違って見える。もしかしたら、鏡の彼はもっと自由なのかもしれない。そんな空想にふける。
この世界では、人々は自分という存在を常に第二の自己、鏡の中の自己と比較しながら生きている。彼らの社会は、それぞれの鏡が個々の価値や意識を映し出す設計になっている。しかし、鏡は決して完全な真実を映さない。それはある種、歪められた願望や、理想の投影だ。
彼は再び階段を下り、人々が集う広場へと向かう。そこでは、みんなが自分の鏡像について話し合い、自分自身とは何か、どうあるべきかを問い続けている。彼もまた、自問自答するが、答えは見つからない。毎日が同じ繰り返しだ。
ある日、彼が普段と違う階段を選んで上ったところ、見慣れぬ鏡がそこにはあった。その鏡は他のものとは異なり、彼の外見ではなく、その心を映し出していた。驚愕する彼の前に広がるのは、今まで自分が抱えていた疑問や未解決の感情、欠けている部分の全てだった。彼はその鏡から目を逸らすことができず、じっと自分の内面を見つめた。
その夜、彼は何かが変わったことを感じた。いつもの自己との対話が、いつもとは違っていた。彼の外見ではなく、彼の内面に焦点を当てることで、彼は自己と向き合うことの本質を見つけたように思えた。
日々は過ぎ、彼は毎日その新しい階段を上り、鏡と対話するようになった。そして、ある日、彼は広場で人々に呼びかけた。「私たちは自分の鏡を見てただ反射されるものに惑わされているだけだ。本当に大切なのは、その鏡が何を映し出しているかではなく、私たちがどう感じ、どう考えるかだ」と。
人々は彼の話に耳を傾け、それぞれが自分の鏡に新たな意味を見出そうとした。彼自身も、自分の存在を映し出す鏡に対する見方が変わり始めていた。もはや、鏡は彼を縛るものではなく、自己理解の道具となっていた。
最終的に、彼は階段を登ることをやめた。自分自身について、そして他人についての理解が深まるにつれ、鏡を見る必要がなくなったからだ。彼の心には静寂が訪れ、自己との対話はもはや内に秘めた疑問を投げかけるだけではなく、解答を返してくれるようになった。
彼が最後に鏡を見た時、そこに映ったのは、穏やかな微笑を湛えた、一人の満足した存在だった。彼はその場に立ち尽くし、周囲のすべての音が遠のいていくのを感じた。
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