砂の記憶

高く積もる砂の塔が、無言の風に揺れていた。他と違って円形の、その一部に存在する「それ」は、砂粒を操る力を持っていた。その力で「それ」は、自らを囲む砂の壁を守り、時に修復し、時には外を模索する窓を作っていた。

太陽が昇るたびに、新しい砂粒が舞い上がり、外の世界がどれほど広いのかを教えてくれる。けれども「それ」は、外の世界を知るたびに、自分が円形の狭い塔の中にいることが、ますます苦しくなっていった。

ある日、塔の壁が突然脆くなる。再三の修復にもかかわらず、壁はもろく崩れ去るようになり、「それ」は、初めて外の世界の風を直に感じた。そして恐怖と同時に、どこかで感じる解放感。そこから見える景色は、同じような塔が無数に並ぶものだった。その一つ一つが、まるで自分と同じように孤独に見えた。

この孤独は、他の砂の塔にも共通しているものなのか、と、「それ」はふと思う。どうして自分たちは同じように形を作らなければならないのか。なぜ砂粒を操る力を持ちながら、外に出ることを恐れなければならないのか。

次第に「それ」は、砂の塔を少しずつ解体していく決意を固めた。毎日、少しずつでも、壁を低くし、窓を大きくし始めた。「それ」には、外の世界の全てを知る勇気はまだなかったが、少しでも多くの風を感じてみたいと思った。

日が経つにつれ、「それ」は新たな発見をする。壁を低くしたことで、隣の塔との間に見えなかった景色が見え出す。そこには、他の何かが、同じように窓を広げているのが見えた。その動きが、まるで鏡を見るようで、不思議と心強い。

そして、ある夜、風がまた違うものを運んできた。それは、先に壁を全て取り払った他の何かからのメッセージだった。「外の世界は危険も多いが、美しい。恐れず、もっと外を知れ。」

「それ」は、最後の一部の壁を解体する決心をする。砂粒たちが風に乗って自由に舞うその姿は、かつて自分が持っていた恐怖を超越していた。もはや完全に壁を失った「それ」は、最初の一歩を外に踏み出す準備ができていた。

そして夜が明けると、風が穏やかに吹いた。「それ」は最後の壁を手放し、その身を風に任せた。壁がなくなった空間には新たな風が吹き、砂粒たちは彼方に飛んでいった。

どんな風景が待っているかわからない。でも「それ」は、もう一人ではないことを知っていた。吹く風が、あらゆる位置から来る他の何かの息づかいを運んで来るから。

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