彼らは、岩にぞくぞくと登る影。人間かもしれないし、何か別の生命体かもしれない。ひとつは突然立ち止まり、もうひとつがそばに寄ってきた。岩肌は冷たく、風が二者の間をぬける。
あるのはただ二つの存在。彼らはこの荒涼とした地上で、お互い以外の生物を知らない。山は大きく、空は広い。岩の隙間で育つ苔だけが彼らの知る緑である。何が「山」であるのか、「空」であるのか、それすら定義しかねるが、それだけが彼らの世界であった。
片方が指を伸ばす。苔を触れる。それは生物の柔らかさがあり、湿っていて、生きている証だ。彼らにはこれが毎日の触れ合いだった。何故なら他に触れられるものがないから。彼らはこの行為から何を学べるのか、自問自答する。
「なぜわれわれはここにいるのか?」と、一方が問いかける。言葉ではない。意識の交流。要素としての言葉は存在しないが、意識の組み合わせで互いに問いかけ、答える。
他方は応じない。ただ苔をなで続ける。涙を想起させる何かが、頬を伝う。感情としての悲しみか、それともただの水分か。分からない。彼らにとって感情とは未知だったから。
季節が変わるように、彼らの周りの風景も変わっていく。温かさが訪れ、苔は増えた。それと同時に彼らの間に新たな意識が芽生える。「この変化は、何を意味する?」
ある日、彼らのうちの一方が不動の決断を下す。岩山から降り、新しい領域へと足を踏み入れる。別の生命との遭遇、それも一種の救済か、破滅か。それが問いだ。留まっている間は、永遠に答えは出ない。
行動を始めた存在は振り返り、もう一方を見る。その視線は静かで、古い石に刻まれた絵文字のように、何かを語りかける。言葉ではなく、存在全体で。
留まる方の存在は一時の躊躇を見せるものの、最終的には同調する。二つの存在は、未知の土地へと歩を進める。彼らが残したのは、苔が生い茂る岩だけ。苔は彼らの触れた温もりを長く保つだろう。
彼らが谷間に差し掛かる頃には、一筋の光が地平線から差し込み始める。新たな空間、新たな時間。遥か彼方から聞こえるかすかな音。それは彼らにとっての、これまで体験したことのない「音楽」かもしれない。それぞれの歩みは遅く、しかし確かなものだった。
物語の終わり近く、光が増す中で、彼らは立ち止まり、再び互いを見る。新しい世界の入口に立ち、彼らあるのは孤独ではない。共有の経験と、変わりゆく全てのものへの畏怖。
そして、静かに、空は彼らの上で無言のまま広がり、風は葉を数え続ける。
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