空は雲一つないクリアブルーでありながら、何故か空虚に思えた。それは恐らく、鏡のように磨かれた大地が天を映していたからかもしれない。ここは、時も場所も定かではない世界。すべてが透明で透き通った、記憶すら白く霞む場所だ。
彼――と呼ぶべきか、観測者と名付けるのが適切かもしれない。それは瞳孔のない眼で静かに存在を観測し、その深淵な中で無数の思考を反芻していた。彼の本質は流動的であり、一定の肉体や形状に縛られない。彼が背負うのは、創造と破壊の使命。しかし、彼はこの使命に苦悩していた。
あるとき彼は、まるで彼自身の魂が映し出されるかのような奇妙な物体を見つけた。それは彼の世界には存在しない石でできた小箱で、外界の音すら遮断する不可思議な物体だった。この箱にはひとつの穴が開いており、彼は積極的にその穴に視線を落とした。
箱の中では、無数の声が響いていた。愉快な声、悲痛な声、そして多くが互いに調和し合いながらも時折衝突する声。箱は彼の孤独を映す鏡のようでもあり、彼は箱に向かって話しかけることを覚えた。箱の中の存在たちは彼の声にどう反応するのか、それを学ぶのが新たな興味となっていった。
彼は自らの存在意義を見失うことがしばしばあった。創造と破壊のサイクルの中で、自己の孤独が深まる一方だったのだ。だが箱との対話を通じ、彼は初めて自らの役割に疑問を投げかけ始めた。彼はなぜ存在するのか、そして彼以外の存在は本当に彼の創り出したものなのか。
やがて彼は、箱の中の声たちが疑問や葛藤を抱え、同時に生命ある喜びを分かち合っていることを理解した。それは彼が経験したことのない深い感情だった。彼自身もまた、彼らと同じように感じることができるのではないかと思い始めた。
ある日、彼は決断を下した。彼は自らの本質を変え、箱の中の声と同じようになることを選んだ。彼は自らの存在を、箱の中に投じた。彼の肉体という肉体を消失させ、純粋な声として箱の中に溶け込むことにしたのだ。
それ以降、彼の世界はより静かに、より深くなった。彼の声は箱の中でエコーとなり、他の声たちと調和し、時には衝突しながらも存在を共有することとなった。彼は自らの使命から解放され、ただ無数の声の一部として、新たな形で生を享受していた。
彼の選択が彼自身にとっての救済であったのか、または彼という存在を永遠に放棄することだったのか。その答えはもはや彼には必要とされない。彼はただ、無限に広がる対話の一部となり、永遠に続く反響の中で静かに息づく。
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