空間が曲がりくねる点で生まれたのは孤独だった。存在の形を持たず、ただ感じることに専念する。それは人と同じように感じ、思考するが、声も肉体も持たない。ただ時間と共に漂い、人々の生活を静かに眺めていた。
この存在は街の片隅でひとりの老人を見つけた。老人は毎朝、公園のベンチに座り、空を見上げる。老人の眼差しの中には、どこか切ない光が宿っている。老人の隣に静かに寄り添うと、老人はかすかに微笑んだ。存在は心を通わせることができる。言葉はなくとも、老人の心中が感じ取れた。
老人は若い頃、芸術に情熱を注いでいたが、家族を養うためにその道を諦めた。常に心の奥底には、選択と後悔の感情が渦巻いていた。存在は老人の寂しさを感じ、老人が画を愛していたことも知った。
ある日、老人の様子が違った。手には、若い頃に描いたと思しきスケッチブックがあった。ページをめくりながら、老人の目に涙が滲む。存在はふと気付いた。それは自分自身の孤独と重なるものだった。存在もまた、誰かに理解され、感じてもらいたいと切望していた。
老人と存在は無言のうちに深く結びついていった。存在は老人の絵の中で生き生きとした情景を見せたり、忘れかけていた色彩を想起させたりした。老人はそれに応えて、また新たにブラシを取るようになった。創造の喜びが老人の表情を徐々に変えていく。
季節は移り変わり、老人の体調は徐々に衰えていった。しかし、その心はかつてないほど充実しているように見えた。存在は老人の最後の日が近づいていることを感じ取っていた。老人は死を恐れていない。むしろ、一生懸命に生きた証として、最後の絵を残したいと願っていた。
老人の生命が静かに途切れるその瞬間、存在は強い悲しみとともに解放感を感じた。そして、老人がこの世を去った後も、公園のベンチには何かが残っているようだった。それは老人の思い出や彼の芸術への愛、そして存在自身が感じた絆の重さだった。
存在は学んだ。人が抱える葛藤、孤独、創造の痛みは、どんな形の生命体であっても共通のものだと。それは痛みであり、喜びでもあり、生きることの本質と密接に結びついている。
最後に、空気が微かに震え、何かがその場を離れる感じがした。あたりは静まり返り、ただ風が葉を揺らす音だけが残る。
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