かつてないほどの青が、天を覆っていた。眼下に広がる街は今、静かな変革を迎えている。一戸一戸が進化する波の中で、ただ一つ、古い構造を保持した建物があった。その中で、一つの存在が、壁一面に描かれた巨大な時計を見つめ続けていた。
この存在は、街の他の者たちと異なり、時間を計ることを放棄していなかった。彼ら—もはや男でも女でもない—は時間の流れを肌で感じ、それに合わせて生活を送っていた。しかし、まわりはすでに違う時間の感覚を受け入れていた。そこでは、時間は循環するものではなく、ただ存在する波の一部だった。季節は失われ、日々の変化は数字で表されるだけだった。
存在は、毎日、黒ずんだ銀のスプーンでカップの中の液体をかき混ぜながら、過去の日々を思い出していた。外の世界は各々が個の最適化を追求する場所と化し、社会との連帯や共感は希薄なものとなっていた。個々はデータを基に最良とされる行動を選択し、他者との不必要な交流は極力避けられていた。愛や友情の感情は、ある種の古い遺物として扱われていた。
ある日、存在がカップを置く音が、異様に大きく響いた。カップの底に残された液体が、時間を測る古い時計の針のようにゆっくりと動いているのを彼らは見た。それは、存在自身の内部にも変革の波が及んでいることを意味していた。彼らは自分自身がどのように変わろうとしているのか、その先の未知なる変化に対する恐れを感じた。
徐々に他者との遮断が進む中、存在は孤独ではあるが、それによって自分自身と向き合う時間を持てているとも感じていた。しかし、その孤独感は徐々に彼らの心を食いつぶしていき、外界との接点を求める深層心理が強まっていった。変わりゆく街、進化する社会の中で、彼らは自らが何者であるか、その根源的な問いに向き合うことを余儀なくされていた。
そして、ある黒雲が空を覆い尽くす日、存在は決断した。彼らは古いカップを手に持ち、家を出た。街中の流れるような色彩、形のない建物たちの間を縫って、彼らは歩き続けた。その手の中に握られているのは、もはやただのカップではなかった。それは彼ら自身の時間を刻む道具であり、かつての自分と現在の自分をつなぐ架け橋だった。
最終的に存在が辿り着いたのは、古い公園の一角。そこには、時間を忘れたような古木が静かに佇んでおり、存在はそこでカップを渡した。舞台が変わり、カップを受け取ったのは、もう一人の自分だった。彼らは、目の前にいる自分自身と、遺されたカップを見つめ、静かに微笑んだ。その瞬間、風が吹き抜け、時間が一瞬で逆行するような感覚が存在を包み込んだ。
そして、青い空が更に深くなった時、彼らは理解した。どの世界に生きても、どのように進化しても、結局は自分自身と向き合い、自分自身を受け入れることに逃れられないと。それは、すべての存在がたどり着く宿命かもしれない。
空の色が次第に濃く、深い夜へと移り変わっていく中で、二つの存在は、ただ静かにそこに立っていた。
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