遠い未来、時間は物理的な質量として扱われるようになった世界。人々は時間を編み直し、過去を修正し、未来を調節することができる。ただし、それは厳密に管理された特権であり、その技術は「織り手」と呼ばれる者たちだけが扱うことが許されている。彼らは孤独で、社会的な絆を持たざるを得ない存在として育てられる。
主人公は、若くしてこの織り手の一員となり、他との関わりを避けつつ時間の糸を操る日々を送っている。彼には、過去に小さな「編み間違い」を犯したことがある。それは僅かながらも自らの生き方や孤独への疑問を植え付け、多くの夜を無力感に揺らめかせる。
彼は今日も、とある依頼を受けて時間の糸を編む作業をしている。依頼内容は、ある人物の生涯から特定の悲しみを取り除くというもの。しかし、彼が糸を解きほぐす中で、その人物の苦悩が彼自身のものと重なり合い、一瞬、自己と他者の境界がぼやける感覚に陥る。
重ねられた時間の層を解きほぐすにつれて、彼はその人物が社会的な圧力と孤立の痛みで苦しんでいたことを知る。彼はどこまでが自分の想いで、どこからが依頼された修正範囲なのか、という判断がつかなくなりつつある。彼の手は自然と、その人物にとって重要だったが、誰からも理解されずに終わった記憶を救い上げるように動いていた。
作業を終えた後、彼は一人でその記憶のフレームを眺める。そこには、小さな子どもが一人で座っている姿が映っていた。子どもは大人たちが理解できない孤独と戦っているように見えた。彼はこの瞬間を、自らの記憶とそれほど変わらないと感じ、なぜか安堵する。彼はこの記憶を特別な場所にしまい、誰も触れられないようにしておくことに決めた。
夜。彼は自室におり、部屋には時間の編み物具が静かに置かれている。窓の外を見ると、遠くの星が瞬いているのが見える。彼はふと、自分が誰の時間を編んでいるのか、本当に重要な記憶を救い出しているのか、自問する。しかし答えはすぐには出ず、ただ静かな星の光が彼の部屋にさしこんでくる。
彼の指は、ふとした間に空中で軽く触れる仕草をする。それはまるで、不確かな未来をつまむかのように、そしてそっと放す。彼の視線は窓の外の広がりへと向けられ、何もかもが時の流れに任されているような沈黙が部屋を満たしていた。
コメントを残す