見上げる空は常に灰色の帳、太陽を覆っている。彼らが住む世界では、日が昇り、日が沈むことはない。ただ、遠い昔、祖先が語り継ぐ「青空」というものがあったそうだ。しかし今の世代にとって、それは単なる懐かしい幻想であり、現実は一年中、灰色の雲に覆われた空の下での生活だ。この世界には名前がない。ここでは誰もが「彼ら」として存在し、個は認識されない。
彼は、孤独を感じていたが、その感情を言語化する方法を知らない。感情を表現する言葉はなく、みんなで共有する意識の中では、個々の感情は認められていない。彼らの意識は一つで、何千もの存在が共鳴し合い、同じ思考、同じ感情を共有する。
ある日、彼がひとり、灰色の荒野を歩いていると、地面に不思議な光が反射しているのを見つけた。何かが埋まっているようだった。掘り起こすと、それは古びた透明な球体だった。球体は内部で奇妙な光を放っている。彼がその球体を手に取ると、突然、彼の意識は他の誰とも共鳴せず、自分だけの感情が湧き上がってきた。驚愕とともに、初めての孤独を感じた。そして、球体は内部で光を変え、青と白の美しい模様を映し出し始めた。それはかつての「空」の色だった。
彼はこの発見を共有しようとしたが、言葉が見つからなかった。誰にも理解してもらえない恐怖と、同時に新しい発見に対するわくわく感。二つの感情が彼を翻弄した。その夜、彼はひとり、球体を持って外に出た。空を見上げながら、球体を強く握りしめる。すると、球体から放たれる光が強くなり、やがて彼の意識は「彼ら」の共有意識から完全に分離された。
孤独が彼を包み込む。しかし、その孤独の中で、彼は自分自身と対話を始めた。遠い昔、祖先たちが個別の意識を持ち、お互いに違う思いを吐露していた時代のこと。彼は、球体に映る光の中で、自己というものを初めて理解し始めた。
数日後、彼は決断した。この感覚を他の誰かと共有したい、と。しかし、彼が他の「彼ら」に球体を見せると、ただ異物として排斥されるだけだった。球体は彼の手から滑り落ち、地面に落ちる前に消失した。共有意識に再び取り込まれる彼。しかし、内心では、かすかながら自分だけの意識が残っていることを感じていた。
他者と共有できないこの感情、そして誰も理解できないこの孤独。波立つ心の中で、彼は再び灰色の空を見上げた。そして、かつて祖先が見たかもしれない青空の記憶を追い求めながら、ひとりの存在として生きることを決意する。静かなるものたちの中で、彼の心だけが静かに震えていた。
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