時間の裂け目

オロは、時間の裂け目に立っていた。彼には世界が二つ見えた。ひとつは彼の居た世界、もうひとつは彼がこれから行くべきだと知らされた世界だ。両世界は彼の視界で交差し、彼の耳には両世界の声が同時に届いた。時間は流れず、彼はその交差点に固定されているかのようだった。

「どちらを選ぶの?」と、風が彼に尋ねた。また、風は過去と未来の絡み合う時の声にも聞こえた。

オロは答えなかった。彼にはすでに答えがあったかもしれないし、あるいはどちらの世界も同じように本当であり、同じように虚構であることを彼は感じていたのかもしれない。

時はずれる瞬間、彼の両脇で世界の色が変わり始めた。彼の居た世界の青と緑が徐々に淡くなり、彼が行くべきだと知らされた世界の色—火のような赤や深い紫—が強くなっていった。オロは二つの世界を同時に見つめながら、ほんのわずかに微笑んだ。

その瞬間、時間の裂け目がさらに広がり、オロは彼が選ばなかった世界の片鱗を感じ取った。それは彼の心に静かで痛々しい音楽を奏でるようで、彼の記憶の一部を奪うようでもあった。しかし、その世界からの誘いは彼を縛り付けるほど強力ではなかった。

彼は静かに足を踏み出し、一つの世界を選んだ。それがどちらの世界であったのか、彼自身にもわかっていないのかもしれない。彼の選択を、彼の意識さえもが探し出し切れないのだろう。彼の存在がどちらの世界にも足跡を残していないかのように。

彼が歩き始めた時、時間は再び流れ出し、周囲の景色が彼に合わせて動き出した。だが、オロがどちらの世界を歩いているのかは誰にも理解できない。それは彼だけの秘密であり、彼がこの瞬間を抱えてどこまでも行くだろう。

やがてオロは立ち止まり、振り返った。彼の後ろにはもう時間の裂け目はなく、ただ一つの道が続いていた。彼はその道を見つめながら、何かを待つかのように静止した。時の声はもう聞こえない。風も、彼の選択を告げることなくただ吹き抜けていった。

彼は再び微笑み、自分がどこであるかを知るための答えを探してはいなかった。オロという存在は、ただ彼自身の内に存在し、時間の裂け目で見た二つの世界の間を自由に漂っているのだ。

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