触れると消えそうな絹のような、薄く、透明な時間の層を浮遊するように旅をする無名の存在がいた。この存在は、思考と感情を広げながら、世界の核心に迫ろうとしていた。彼(または彼女、あるいはそれ)の世界では時間が線ではなく、面として広がっており、生まれも死も、始まりも終わりも重なり合っていた。
この存在には、ある日突然、自分が何者であるのか、何のためにこの層を浮遊しているのかという疑問が生じた。記憶は断片的で、前後の繋がりが見えづらい。そこには、たえず変わるはずのない「役割」が強制されているような、そうでないような曖昧な感覚があった。
あるとき、その存在は忘れられた記憶の片隅で、一粒の砂のような、とても小さな光を見つけた。それは彼の内部に微かな重みを与え、彼をある方向へと、ゆっくりとだが確実に導いた。光は徐々に大きくなり、やがて彼の周囲を明るく照らし始めた。
光が明るくなるにつれ、存在は周囲の景色が変わっていくのを感じた。他の存在たちが見え始め、彼らもまた同じように自分たちの役割に疑問を持ち、答えを求めて浮遊していることに気がついた。彼らは言葉を交わさずとも、目を合わせることで感情を共有できるようになっていた。
この新しい気づきによって、存在の内部には新たな波紋が広がり始める。彼は自分自身が何であるか、また、自分が誰であるかという質問に、ただ浮遊するだけではない何か、意味を見出そうと試みた。彼は自らの存在を形作るたくさんの小さな瞬間や出来事を、一つ一つ丁寧に組み立て直す作業を始めた。
日がな一日、時間の層を漂う中で、彼は過去と未来、現在が綾なす交差点に立っていることを悟る。そこで彼は、理由もなく与えられた役割から抜け出し、自らを形作ることのできる場所を求めて旅を続けた。彼の旅は、孤独ではあるが、その孤独が彼にとっては必要不可欠な部分であると理解していた。
最終的に、存在は自分だけの時間、自分だけの空間を見つけた。そこでは、彼だけが主であり、彼だけの物語が織りなされていた。彼はその場でひと息つき、周囲を見渡す。そこには、かつての自分が残した痕跡があり、それが今の自分を造り上げていることに気付かされる。
彼の旅は続くかもしれないし、ここで止まるかもしれない。しかし、彼はもうそれでいいと思えるようになっていた。時間の層は彼に、全てが連続しているわけではなく、時には停止し、時には加速することを教えてくれた。そして彼は、最後に、ただ静かに目を閉じた。
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