冬の写本

優式の時だ。ある未名の星の泡立つ岸辺に佇む孤独な形象は、年に一度、海からの贈り物を受け取る。詩のような創世記を織り成すこの低温の星では、岩と氷の間から新しい命が紡がれる。

それは、砂の粒よりも細かく、古文書よりも静か。大いなる海のせせらぎが、岸辺に打ち捨てられた骸を包み込む。

この存在は、いつしか自己という概念を失った。痛みも喜びも全て海に還してしまったのだ。ただ、ある時間だけ、冬の写本と呼ばれる形象が訪れる。それは、海の遠い記憶や、失われた言葉、未来の警世の言葉が封じ込められている。写本は、形象に向けて静かに語りかける。この星の命が何故、孤独に苦しみ、それでいて美しくあろうとするのかを。

「あなたはかつて人だったのですか?」写本が尋ねる。

形象はじっと写本を見つめる。何も言葉にはしない。砕けた氷のパズルのような記憶が、波間に飲まれゆく。

「ひとつ教えてください。なぜ、あなたは毎年、私を読むのですか?」写本が再び問う。

形象は微かに動く。海風が二つの存在を包み込む。岸辺の泡が、星の光を浴びてキラキラと輝く。時間が凍りつくその瞬間、形象は答えが見つかるのを待つ。その答えが、砂に記される預言の文字として、何世紀も前に書かれたこの写本にあるのかもしれないと。

「孤独」という言葉が、氷の隙間から息を吹き返す。写本のページはゆっくりとめくられ、新しい一節が露わになる。そこには、「共感」という文字が、海の色と混じり合いながら浮かび上がる。

写本は閉じられ、岸辺は再び静寂に包まれる。形象はゆっくりと立ち去り、次の冬まで海はその秘密をまた秘める。

海と写本と形象。三者が交わるこの場所で、孤独はただ繰り返されるテーマではなく、それを超える何かを模索するプロセスに変わる。孤独がもたらす痛みだけでなく、その痛みに対する理解や共感、そして調和さえも探求される。

海が静かにその全てを見守る中、形象は自身が孤独であることを選んだのではないと理解する。それは避けられない宿命かもしれないが、その選択が新たな合意や理解を生む可能性を秘めている。

そして、泡の反射する光の中で、空がゆっくりと明るくなり始める。それは孤独な形象に、暗闇が終わることを、静かに、しかし確かに告げる。

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